“手塚作品”を引き継ぐ覚悟『アトム ザ・ビギニング』【カサハラテツロー氏インタビュー】
更新日:2017/6/4
かさはら・てつろー●1967年埼玉県生まれ、神奈川県育ち。東京芸術大学美術学部絵画科日本画専攻卒業。1993年デビュー。代表作にアニメ化もされた『ライドバック』をはじめ、『ザッドランナー』、『フルメタル・パニック!0―ZERO―』がある。
大胆に作り変えるために
オリジナルを何度も読み返す
かつて遠い未来の物語だった『鉄腕アトム』に対し、アトム誕生前夜を描く『アトム ザ・ビギニング』は、私たちの時代の延長線上にある近未来が舞台だ。まだ“こころ”を持ったロボットが世界的にも登場していない黎明期で、若き日の天馬とお茶の水は、金はないが夢はある練馬大学の研究生として描かれる。高専ロボコンに情熱を注ぐ理工系学生を想起させる青春ストーリーになっていて、その大胆な設定にまず驚かされる。
「天馬博士とお茶の水博士の青春時代を描くというお話をいただいたとき、原作と時代設定が違うことに私が驚いたくらいです。『アトム今昔物語』という作品で、アトムが1960年代にタイムスリップして、一人でロボット研究をしているお茶の水博士と出会うシーンが描かれているんですけど、もし私が一人で描いていたら、間違いなく60年代を舞台に描いていたと思う。私はこれまでに原作付きの仕事をいっぱいやってきて、原作に忠実であることが大事だということをよくわかっているつもりでしたけど、今回はむしろ原作を大胆に変えることが求められる珍しいパターンだったんです」
カサハラさん自身、手塚作品には多大な影響を受けてきた。なにしろ初めてマンガの面白さを知ったのが『ブラック・ジャック』であり、虫プロ制作のアニメに夢中になった世代でもある。まさか子どもの頃に観ていた『鉄腕アトム』の前日譚を描くことになるとは思いもしなかった。
「猛烈なプレッシャーですよ(笑)。何度も『鉄腕アトム』を読み返して付箋だらけになっているんですけど、やっぱり天馬博士とお茶の水博士のエピソードに目がいく。あらためて読むと、二人が認め合っていることがわかるんです。天馬博士は、自分が世界一の天才科学者だと思っていて、同じく天才としてお茶の水博士をライバル視している。それは超リスペクトしているのと同じことですよね。お茶の水博士もアトムが壊れると、こんなとき天馬博士がいてくれたら……とずっと気にかけている。実は互いに大好きなんじゃないかっていうくらいの関係なんです」
本作では無二の親友である二人が、根底で目指しているものが異なることが随所で読みとれる。これも原作を何度も読み返すことでヒントを得たそうだ。
「天馬博士は、事故死した息子のトビオを甦らせようとしてアトムを造ったと思われていますけど、人間の良い心と悪い心を見分ける裁定者としての機能を備えさせたり、10万馬力のパワーや殺戮兵器を内蔵させるなど、明らかに人間を超越した存在を創ろうとしているんですよね。一方のお茶の水博士は、常識人だと思われがちですけど、原作を読むとびっくりするほど友だちがいない孤独な人なんです。唯一気にかけているのが天馬博士くらいで、女性との接点もない。本当は寂しいとしたら、何かしらの努力をして友だちや恋人をつくろうとするものですけど、お茶の水博士はロボットでその欲求をかなえようとする。実は二人ともかなりのマッドサイエンティストなんです(笑)」
原作を解析することで導き出されたキャラ設定が、本作では若者特有の偏ったこだわりとして、コミカルに描かれる。では、アトムのプロトタイプと思われるA106についてはどうだろう?
「『鉄腕アトム』は時代的にアメリカの人種差別問題の影響を受けていると思うんです。ロボット法によってロボットに人権を認められたという時代設定ですが、まだ差別が残っていて、アトムは葛藤し続けている。今でこそアメコミでヒーローの葛藤が盛んに描かれてますけど、その何十年も前から手塚先生はヒーローの葛藤を描いていたんですよね。ただし、今回の作品では、そうした社会的葛藤というよりは、自我ってなんだろう?というもっと手前にある葛藤を描きたいと思ってます」
開発が進むにつれ、A106は自問自答を繰り返すようになる。それが“自我”と呼べるものなのか自分でもわからず、意思疎通ができそうな相手は敵対するロボットのみ。世界にたった一人で存在しているような孤独の中で、誰かとつながりたいと願うのだ。
「SNSで食事のときもテレビを観ているときもつぶやいている人がいますよね。誰かとつながりたくてしょうがない人たちが、そうしたツールがない頃に比べて増えているような気がする。それを問題視しているわけではなくて、他者とつながりたいという感情の根源ってなんだろう? というのが、今回の作品で描いてみたいところです。それを哲学的に突き詰めていくと、結局、自分と他者との境界線はどこにあるのか?という自我の問題になってくる。それは何千年も前から哲学者が研究しているテーマで、実はいまだに答えが出ていない。私がその答えを出せるわけもないんですけど、解明しようとしたアプローチだけでも描いておきたいと思ってます」
ともすれば難解になりがちなテーマを、本作は実にテンポよく描いていて純粋に面白い。どういったスタンスで描いているだろう。
「原作を知る人がもう一度読みたくなるようなマンガを描くことが、オリジナルをもとにしたゼロストーリーを任された側の責任だと思ってます。ただ好き放題やるのではなくて、原作の制約の中で歯ぎしりをしてみたい(笑)。完結したときに『鉄腕アトム』と地続きの物語のように読めることが一番目指すところです。一方で、やっぱりヒーローマンガとして読者は、強えーーッ!っていうのを見たいと思う。新しい読者もゼロから楽しめるマンガを描いていきたいですね」
取材・文=大寺 明 写真=川口宗道
(c)手塚プロダクション
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