修羅場続きの保育園を描いた『戦うハニー』。すべて実話がモデルの小説から見えてくる保育業界の実情と課題とは?【前編】
更新日:2017/11/15
「保育園落ちた日本死ね」騒動で政界がようやく目を向けた保育業界だが、問題はまだまだ山積みだ。作家の新野剛志さんは新刊『戦うハニー』(KADOKAWA)で、無認可保育園の実話をもとに保育現場の今をリアルに描き出した。この作品に共感したというNPO法人フローレンスの代表理事・駒崎弘樹さん。小説の主人公と同じ男性保育士で小規模認可保育所「おうち保育園」園長の岩崎将吾さんの3人に、現在の保育業界の実情と課題についてそれぞれの立場で語ってもらった。
男性保育士というだけで、変な目で見られることも
駒崎弘樹さん(以下、駒崎) 『戦うハニー』、読みました。“保育園あるある”がたくさんあってとても面白かったです。男性保育士のこともよく調べていらっしゃいますね。
新野剛志さん(以下、新野) すべて某無認可保育園に取材した実話がもとになっています。でも、男性保育士のことは自分で調べて想像で書いたので、実際に会うのは今日がはじめてなんですよ。
岩崎将吾さん(以下、岩崎) 僕も主人公の男性と同じで、脱サラして保育士になりました。女性保育士の強さに圧倒されたり、保護者とのコミュニケーションで悩んだり、いろいろと共感するところが多かったです。
新野 本にも書きましたが、男性というだけで、特に女の子の保護者から変な目で見られたりすることはありませんか?
岩崎 僕自身はそういった経験はありませんが、知人の男性保育士で、え? と思うようなひどいことを言われた人はいます。そういうことを聞くとやはり構えてしまいますし、困ってしまいますね。
駒崎 『戦うハニー』にも出てきましたが、フローレンスにも男性保育士だけの飲み会があるんです。園単位だと言いづらいことも、園の垣根を越えた男性だけの集まりだと相談しやすいと思うので、定期的に集まってもらっています。
岩崎 何かあってもみんな親身になって話を聞いてくれるので、横のつながりがあるのはありがたいですね。
駒崎 この物語に出てくる「みつばち園」は、0歳から2歳までの受け入れが条件の家庭保育室と、3歳から5歳までの認可外の園児を混合保育していて、市の規制に反するとツッコんでくる議員が出てきますね。
これは今の保育システムの問題を象徴しているポイントで、待機児童を減らすための創意工夫を邪魔する制度が多いのです。「おうち保育園」も2歳までが条件ですから、3歳から5歳は受け入れたくてもできません。
新野 個別に創意工夫を審査できればいいのですが、お役所にそんな余力は残念ながらないですものね。
保育事業を邪魔する制度が多すぎる
駒崎 他にも、以前は保育所は20人以上の子どもを受け入れないと認可しないというわけのわからない制度があったんです。厚労省の人に20人の根拠を聞いたことがあるんですが「知りません。ずっと前からそう決まっているんです」と言うんですよ。
根拠がないなら、19人以下でも保育できる制度に変えてもらおうと思って、2010年にオープンした9人の認可外保育室を官僚の人に視察にきてもらいました。そしたら「これ、家庭的でいいじゃない。」となって当時の法案に書き入れてくれて、それが国会を通過して2015年に小規模保育施設が認可事業になったんです。現在、小規模認可保育所は1655園まで増えました。
新野 ひとつの園がきっかけで、そこまで広がったんですね。
駒崎 しかし制度が邪魔して保育園をつくれないケースも多いのです。例えば、小規模保育所はマンションの一室や一軒家を使用するんですが、東京都はバリアフリー条例というのがあって、公共施設には車椅子の方も使える「だれでもトイレ」の設置を義務づけていて、小規模認可保育所も対象だったんです。でも10人前後の保育室にそこまでの設備は必要ありませんし、一軒家に成人用の「誰でもトイレ」はさすがに無理です。もし車椅子の人がいたら介助してあげればいい。その制度で保育室がつくれない現象が起きていたので、僕が都庁に話をしに行ったら、担当の方がそのことを知らなくてびっくりしました。まだ確定ではないですが、粘り強く交渉したところ、結局この6月から、小規模保育室はその制度をはずしてもらえそうですが。
新野 なんでそんな制度をあてはめてきたんでしょうね。
駒崎 僕もその理由を聞いたら、バリアフリー条例を認可保育所に適用してきたので、小規模保育所にもそのままスライドしちゃったと。
新野 現場の状況を何もわかっていない、というか何も考えてないんですね。
取材・文=樺山美夏