「保育園落ちた日本死ね」騒動があっても、保育士給与は、たったの月6000円増。「保育士の仕事って本当に軽く見られている」【後編】
更新日:2017/11/15
▶【前編はこちら】修羅場続きの保育園を描いた『戦うハニー』。すべて実話がモデルの小説から見えてくる保育業界の実情と課題とは?
保育園は子育て世帯のセイフティーネット
駒崎 『戦うハニー』の舞台となっている「みつばち園」に来るのは、家庭に問題がある子どもばかりですね。ネグレクト寸前の親とか、モンスターペアレントに近い母親も出てきますが、それぞれ抱えている事情があります。単純に「良い親、悪い親」の二元論になっていないところに共感しました。
新野 取材した保育園の現実は、これよりもっとひどい話だったんです。でもエンターテインメントとして楽しく読んでもらうために、かなりマイルドに書きました。
駒崎 うちの保育園でも、ネグレクトとか家庭内暴力が疑われるケースがあって、児童相談所につないだこともありました。でも、その後の報告はなかったですね。児相と保育所が連携するシステムがありませんから。保育園は子どもの成長を手助けする一方で、各家庭をサポートするソーシャルワーク的な役割も担うようになってきているんです。でも人手不足などで、そこまで手が回らないところも多い。保育園がセイフティーネットとして子育て世帯を支えなければならない状況にあることを、もっと多くの人に理解してほしいです。『戦うハニー』にも、そのあたりのことがすごくリアルに描かれているので、ぜひ映像化してほしいですね。
新野 僕もこの本が、保育士さんや保育所の問題を改善する何かきっかけになってほしいと思っています。資格をもっている潜在保育士は、全国に68万人いると言われています。しかし子どもの保育はもちろん、保護者のサポートや、行事やイベント準備のサービス残業まで、保育士の仕事の大変さを考えると待遇が悪すぎる。最初、保育士の給料を知ったときは「終わってる」と思って愕然としませした。子どもが生まれたら生活できないですよね。
岩崎 僕は妻も保育士で子どももいますが、なんとかやりくりしています。2011年にフローレンスに入ったときに比べると、ステップアップして昇給もしましたし、手当てもありますのでありがたいと思っています。男性ですが育児休暇も取得しました。以前、他の保育園からフローレンスに転職してきた保育士で、「ここって残業代が出るんですね!」とか「有給休暇があるんですね!」と驚いた方もいます。
駒崎 子ども一人に対する収入は決まっているので、国の補助額があがらなければ、保育士の給料をあげるのは非常にむずかしいです。フローレンスは園を増やして経営を効率化するなど、いろいろと頑張ってきたので、保育士の処遇は東京都ではいいほうだと思いますが、それでも世の中の平均的水準に比べたら全然低い。同じ保育士なのに、公立保育園で働くと地方公務員になるから給与水準が一気に高くなるというのもおかしな話です。月給で10万円ほど差がありますから。
ブログひとつで、国を動かせる時代。怒りや疑問は発信するべし
駒崎 「保育園落ちた日本死ね」騒動がきっかけで、待機児童問題が国会でも取り上げられ、2017年から保育士給料が2%引き上げられることになりました。でも金額にするとたった6000円ですよ。保育士の仕事って本当に軽く見られていますし、言葉は悪いですけど舐められているんです。でもあきらめたら終わりですから、声を出し続けてなんとか保育士の社会的地位をあげていきたいと、日々戦っているところです。
新野 保育士さんの「子どもが好き」とか「やりがいを感じる」といった善意に、国が完全に寄りかかっていますよね。時代はすでに、保育園の質や家庭のサポートの仕方について議論するべき時期に来ているのに、それ以前の問題さえ解決していない。
駒崎 小学校が足りないという話をしているのと同じレベルです。今回の騒動を機に、自由・民進・公明の中央3党に呼ばれて行きました。そこで話をしてわかったのは、彼ら、特に自民党に危機感がまったくなかったということ。消費税を8%に増税した分から7000億を保育対策に投入して、「やるべきことはやっているつもりでした」という言葉を聞いたときは、「本気で?」と思いました。「さすがにそれはないでしょう」と。最初は1兆円という話だったのが7000億になって、全然足りていないのが実情ですから。
新野 高齢者のために使っている予算と比べたら比較になりません。
駒崎 公的年金は52兆円以上、医療費は40兆円ですからね。そういうことをおかしいと思ったり、怒りを感じた人は、インターネットでもデモでも何でもいいので、泣き寝入りせずにどんどん発信していくことが大切なんです。
新野 子育てや仕事に追われていると余裕がないので、そういうことは後回しにしてあきらめている人も多いと思います。
駒崎 「保育園落ちた日本死ね」のブログも、2%とはいえ制度を変えるきっかけになりました。自分が住んでいる自治体のホームページにも、市長や区長あてに投書を出せるフォームがあります。地方公務員をやっている僕の妻によると、そういうところにまともな意見はなかなか来ないので、時々きちんとした意見や要望が送られてくると、案外ちゃんと検討するそうなんです。ひとりの声が束になれば制度改革にもつながっていくので、ぜひあきらめないで行動してほしいですね。
【前編はこちら】修羅場続きの保育園を描いた『戦うハニー』。すべて実話がモデルの小説から見えてくる保育業界の実情と課題とは?
こまざき・ひろき●1979年生まれ。慶應義塾大学卒業後、2004年にNPO法人フローレンスを設立。日本初の「共済型・訪問型」病児保育サービス、「小規模認可保育所」を全国に広げるきっかけとなった「おうち保育園」、障がい児を専門的に預かる「障がい児保育園ヘレン」、障がい児の家で保育を行う「障害児訪問保育アニー」などの事業を展開。現在、厚生労働省「イクメンプロジェクト」推進委員会座長、内閣府「子ども・子育て会議」委員、東京都「子供・子育て会議」委員、横須賀市こども政策アドバイザーを務める。著書に『「社会を変える」を仕事にする 社会起業家という生き方』、『働き方革命』、『社会を変えるお金の使い方』、『社会を変えたい人のためのソーシャルビジネス入門』等。一男一女の父。
しんの・たけし●1965年、東京都生まれ。立教大学卒業。旅行会社勤務を経て、99年、『八月のマルクス』で第45回江戸川乱歩賞受賞。2008年刊行の『あやぽん』が第139回直木賞候補となる。その他の著書に『中野トリップスター』、『カクメイ』、『明日の色』、『キングダム』、『溺れる月』など。
いわさき・しょうご●1980年、東京生まれ。専門学校卒業。会社員を辞めて保育士資格を取得後、アルバイトとして公立保育園勤務。預かる子どもの数に対して保育者の数が少ないことに無理を感じ、少人数で手厚い保育ができるフローレンスの「おうち保育園」に転職。とよす園を経て、現在しののめ園の園長として勤務。
取材・文=樺山美夏