グルメマンガの常識を覆した!! “底辺飯”を楽しむ、清野とおる『ゴハンスキー』の凄まじい魔力

マンガ

公開日:2016/6/24


『ゴハンスキー2』(清野とおる/扶桑社)

 小生、以前は赤羽のお隣、東十条に住んでおり、赤羽という街は知っているつもりだった。だが『東京都北区赤羽』を読み、それがただの錯覚だと思い知らされることになる。魅力的に描かれる住民たちの姿に、街というのは外面ではなくそこに住む人々によって形作られているのだと実感。それ以来、作者の清野とおる氏には奇妙な魅力、いや魔力を感じていた。この『ゴハンスキー2』(清野とおる/扶桑社)も、そんな魔力に満ちた1冊である。

 では清野氏の作品が持つ魔力とはどのようなものか。それが明確に表れているのが、本書に掲載されている「冷めた弁当を憎む男」というエピソードである。氏も参加した、とある番組の撮影時に皆がロケ弁を楽しむ中、一人ぽつんと携帯を弄る人物がいた。カメラマンのM氏である。声を掛けた清野氏に彼は「冷えた弁当が大嫌いなんですよ。どう頑張ったって作りたてには及ばない」といい放ち、冷めた弁当を憎んでさえいる様子だった。これが作者の好奇心を直撃、早速M氏に冷めた弁当を食べる姿を見せてほしいと頼み込む。当然の如く断られるのだが、清野氏はしつこく食い下がる。なんと2ヶ月間もLINEで「一方的に」交渉を続けたのである。

 そしてついにM氏が折れて、彼の前で冷えた弁当を食べることに。せめて温かいインスタント味噌汁をと願うが、清野氏は拒否。口と胃を温めることすら許さないのだ。そして不満タラタラなM氏から生まれる、その弁当への止まらぬ毒舌がまた凄まじい。冷めているとはいえ、どれも駅弁セレクトショップで購入した品。その選ばれた逸品たちを、彼は容赦なく独自の理論で切っていく。「できたてに思いを馳せたくはない」「冷めたご飯はもぐもぐからごっくんまでが遠い」「食事にはスリルと高揚感が欲しい」など、次々に湧き出る否定論。半ば呆れつつも清野氏はそれを「弁当否定芸」であると感服したのだった。

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 このエピソードから垣間見えるのは、作者の凄まじいまでのしつこさと執念。実際、後に清野氏がM氏にLINEを送っても既読すらつかなかったというから、その恐ろしさが理解できる。実はこれこそが、清野漫画の持つ独特な「魔力」の本質であるような気がしてならない。ここまで執拗にネタとなる相手へと切り込んでいく姿は、ある意味、清々しさすら覚える。

 また一方で、本書には意外と実用的なエピソードも描かれている。「ホッピー呑みの達人」では、飲み屋の360ml瓶ホッピーをキッチリとグラス3杯に分ける方法を紹介しており、作者の性格の一端を覗かせる。さらに「餅と太郎と私」に描かれたレンジで小粒おかきの餅太郎を温めるのは簡単そうだったので、早速試してみた。なるほど、まるで揚げたてを思わせる食感。とろけるチーズをのせた、ピザ風アレンジも紹介されている。薄切りのサラミをのせると、少しリッチな感じに。アツアツをフーフー冷ましながらかじり、冷たいドライ酎ハイでグッと流し込むのが、これからの時期に最高の晩酌となるだろう。

 一般的なグルメマンガと違い、高級料理を扱うことが少なく、庶民的どころか、いわば底辺飯をテーマに据えた本書。以前に読んだ清野氏へのインタビューでは、自身は「それほど食べ物や食にこだわりを持っていない」とも語っているが、自らの体験に基づくエピソードも多い。そこにはこだわらなくていいところに敢えてこだわり楽しむという氏の「おこだわり」を感じる。いや、むしろ底辺飯だからこそ、信念を持って味わう意義があるのかもしれない。今後その「おこだわり」がどのように進化するのかにも注目していきたい。

文=犬山しんのすけ