傷ついてとらわれた心をひっそり癒す、DVトラウマからの回復ワークブック
公開日:2016/6/30
DV被害に悩んでいる人が、密かに増えている。
配偶者暴力相談支援センター調べによれば、全国247か所に寄せられた「DV相談件数」(平成26年度)が、初めて10万件を超した。また昨年、全国の警察が把握した被害相談や通報は過去最多の6万件を超え、12年連続で増加傾向にあることが報じられた。被害者のほぼ9割が女性、年代別では30代が29.5%で最多だという。
しかし、相談件数や通報の数が増加したといっても、つらすぎる現状から心を守るために感情にふたをして“感覚鈍麻”になり、相談やカウンセリングに行くなど自ら脱出を図る行動がとれない場合も少なくない。
そんな状況にある方にぜひ手にとってほしいのが、『傷ついたあなたへ―わたしがわたしを大切にするということ DVトラウマからの回復ワークブック』(レジリエンス/梨の木舎)だ。著者は、DVを経験したことからソーシャルワークの修士号を取得した中島幸子氏を代表とする、NPO法人レジリエンス。DV・トラウマの理解や感情処理の方法をていねいに解説し、過去の悲しみや喪失感情を癒すためのワークやセラピーを紹介している。
本書の冒頭には、こんな一文がある。
わたしたちは「DV=親密な相手からの身体への悲惨な暴力」とのイメージをもってしまいがちです。しかし実態はそうではありません。DVは「親密な相手からの執拗なコントロール」としたほうが近いかもしれません。
暴力は、相手を支配し思い通りにコントロールするために加害者がとる手段のひとつであり、実はDVの定義は複数ある。
具体的には、殴る蹴るなどの身体的暴力や、言葉による精神的な虐待、自分勝手な性交渉などによる性的暴力のほかに、経済的暴力(ex.渡される生活費が極端に少ない、仕事を辞めさせられる etc.)や社会的暴力(社会との接点をもつことを禁じられる)、間接的暴力(ex.子どもを介しての暴力 etc.)などもDVの範疇とされている。
最も深刻な被害は、DVを受けることで、相手の精神的な支配下に置かれてしまうという点だ。一度その状態に陥ってしまうと精神的な安定が損なわれ、「つらい」「悲しい」などの危険を察知する感情もにぶくなる。さらに、人が幸福感をもって生きていくうえでとても重要な、自分に対する尊厳や自分自身を大切にしようとする気持ちも奪われてしまうのだ。
アメリカの心理学者、レノア・E・ウォーカーによれば、DVには、下記のようなサイクルがある。
暴力の爆発(緊張)
↓
その事実に対する過小評価(ex.あの人は今、疲れているからしょうがない)
↓
相手が下手に出てきて、生活をこなせる蜜月期(緩和)
↓
相手の機嫌が悪くなる(緊張が高まる)
↓
再び暴力が爆発(緊張)
↓
過小評価
緊張と緩和がくり返されると、人はいつしか“自分はこの関係の中でどうにかうまくやっていきたい”と考えるようになり、マインドコントロール状態に陥りやすくなる。
では、このサイクルから抜け出すには、どうすればよいのか。
本書では、本人の“気づき”から、脱出の道が見えてくると説いている。“このままではよくない”と気づき、事実に直面する勇気がもてれば、相談センターやサポートグループなどの支援情報を集めて検討し、身を守る決断を実行に移す糸口が見い出せる。
しかし、“今のままでいてはいけない”と頭でわかってはいても、現状を見つめる勇気や、行動を起こす決断がどうしてももてないときには、どうすればいいのだろう。
まずは本書に提案されているさまざまなワークで感情を整理して、自分の本当の心を見つめ直し、過去の悲しみを癒す時間をもつことから始めてみてはどうだろうか。
たとえば、“なぜ、自分は彼から離れることができないのか”。「離れられない理由50」の表を活用すると、自分の気持ちを客観的に見つめるきっかけになるかもしれない。
また、暴力の影響を乗り越えるための「暴力に対する反応リスト」に、そのときの自分の反応や状態(ex.不安感、泣き続ける、暴力を避けるためになんでもする etc.)を書き込み、その反応がどのように役立ったのか振り返ってみる。
すると“逃げるための覚悟ができた。あれはDVをサバイバルするための自衛的な反応だったのだ”と、改めて気づくことができるかもしれない。“あのとき、自分はただ無力だったのではなかった”と、新たな認知でとらえ直すことで不要な感情を手放すことができ、それも心の回復の助けとなるだろう。
長い時間をかけて蓄積されてしまった“傷つき”感情を処理する方法としては、まず、“これ以上、自分を傷つける環境に身を置かない”ために、その場を離れることがあげられている。また、ためこんでしまった感情については、信頼できる第三者や聴くプロであるカウンセラーに何度もくり返し聞いてもらったり、あるいは思いっきり涙を流したりすることで、自分で感情を外に押し出して、心のふたを開けることなども勧められている。
もちろん、読んでいて“このワークはちょっとしんどい。気がすすまないし、質問に答えたくない”と感じた場合は、そこは飛ばしてかまわない。自分がいちばん楽な状態で取り組めるものから始めることが推奨されているので、ぜひ試してみてほしい。
同じことのくり返しで先が見えないと感じていたり、自分ではどうにもできない事情があると諦めてしまっていたりするかもしれない。けれど、空が厚い雲におおわれているときでも、その上にはいつも澄んだ青空が広がっている。この本がわずかながらでも、現状打破の一助となることを願いたい。
文=タニハタ マユミ