妊婦や母乳がウリの風俗店も!「心の障害」を抱えた女性が借金返済のために性風俗で働く先に見える深刻な問題とは?

社会

更新日:2016/10/3


『性風俗のいびつな現場』(坂爪真吾/ちくま新書)

「仮に風俗が日本から消えたとしても、死ぬほど困る男はいない。でも生活に困窮している女性にとっては死活問題です」──。これは本書に登場するある風俗店経営者の言葉だ。長年、風俗現場の女性を見てきたからこそ、こう言い切れるのだろう。こうした深刻な現実を教えてくれるのが、『性風俗のいびつな現場』(坂爪真吾/ちくま新書)だ。

 障害者の性問題に取り組む著者の坂爪真吾氏は、「障害者の射精介助サービス」という新たな訪問介護のジャンルを打ち立て、マスコミでも話題になった人物。そんな著者のフィールドワークに基づく本書は、いろんな意味で驚きに満ちている。

 まずは、風俗経営者たちの多様化だ。風俗=裏社会というイメージが強いかもしれない。しかし本書によれば、デリバリーヘルス(以下、デリヘル。客先へ出張して性的サービスを行う)のように電話1本で手軽に開業できる無店舗型風俗が主流のいま、表社会からの新たな参入者たちも多くいるという。

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 本書に登場する風俗店経営者には、生活保護を受けつつデリヘルを経営した障害者の男性、大手企業からの脱サラ男性などがいるが、中でも、自店で働く女性たちを親身になってケアする、ソーシャルワーカーのような経営者たちがいて、著者の取材にも積極的に応じていることに驚かされる。

母乳を飲ませるサービスや「風俗の墓場」の激安店

 また、風俗になじみがない人にとっては、本書に登場する、「妊婦さんと母乳の出る女性の専門店」やお母さんのように寄り添う「熟女店」など、サービス内容のニッチ化も驚きのひとつだろう。

 加えて、そのニッチなサービスが提供できるおかげで、どうにか貧困の底へと至らずにいる女性たちが多いという現実にも、はたと気づかされるものがある。中には、妊娠期間と授乳期をうまく使い分けて、その両方で効率的に稼ぐ主婦やシングルマザーもいるそうだ。

 本書は、こうした特殊なサービスを提供する店や、著者が「風俗の墓場」と記す激安店、面接落ちした女性が駆け込む「地雷専門店」と呼ばれる店など、大きな収入にはつながりにくい風俗店とそこで働く女性が主な取材対象となっている。

 その中で著者が熱いまなざしを向けるのは、たとえ薄利であっても、生きるために風俗によすがを求めざるを得ない貧困女性たちが抱える重層的な問題を、根本的に解決させるための具体的な支援の提供なのである。

ブラック店でも恩義を感じる「性風俗のいびつな現場」

 本書に登場する女性のひとり、真理子さん(33)。幼い子供を抱えるシングルマザーの流れ着いた先は激安デリヘルだ。通常のサービスではひとりの客で2500円しか稼げない。

 しかしこの店では非合法のサービス行為(避妊具の装着なしのセックス)に同意すれば、2000円の増収となる。稼ぎたい一心から彼女は同意するも、その代償は2度の妊娠中絶。費用は自己負担で、挙句に、店は警察に摘発され職場を失った。

 こう聞いても、自己責任、同情の余地なしと思う人もいるかもしれない。しかし著者は、真理子さんが合理的な判断などできない、いくつかの問題を抱えていると明かす。ひとつが知的障害だ。リスクを判断できず、避妊の自衛策も取れない。他にも、いじめや母親からの虐待で受けた心の傷とパニック障害を抱え、周囲と順応できず一般企業での就職もむずかしい。

 警察からの事情聴取の際、真理子さんは「違法行為はさせられていない」と、店長をかばったという。著者が「風俗の中でも完全にブラックでアウトな企業」と非難する店であっても、本人にとっては唯一稼がせてくれた場所。「その恩義を感じているのだ」と著者は記す。まさに、「性風俗のいびつな現場」がそこにある。

「地雷専門店」で働く美津代さん(独身・49歳)も障害を抱えたひとりだ。大卒後、出版社に勤務した。しかし過労で精神疾患を患い退職し、自宅療養の身となる。障害者手帳は2級。しかし、同居の弟が多重債務者となり、借金返済のために風俗の扉をたたくしかなかった。

 女性たちが出勤時に着ける下着はさまざまだが、美津代さんの場合は、失禁防止用のオムツである。服用する薬の副作用のためだ。経営者の賛同を得た著者は、生活困窮者支援に携わる臨床心理士を伴って美津代さんのもとを訪れる。

 美津代さんの抱える金銭苦の相談に応じた臨床心理士が、「障害年金は5年さかのぼって請求できる」と伝えると、美津代さんは「市役所では、うちはやっていないと断られた」という。臨床心理士は「それは絶対におかしい。専門知識のある人と再度行って、取れるお金はちゃんともらい、少しでも生活にゆとりを作りましょう」と、美津代さんを促したそうだ。

風俗で働く女性向けの法律相談会「風テラス」

 著者はこの後、弁護士2名を伴い「地雷専門店」での法律相談会を不定期開催する。その法律相談会は「風テラス」と名づけられ、貧困女性救済に前向きな風俗経営者の協力を仰ぎ、今後も積極的に展開するそうだ。本書には、相談会での内容も収録している。

 ある女性は債務整理のため、法律事務所に5万円の費用を払ったが、借金の返済催促が止まらないと訴える。「風テラス」の弁護士は、それは弁護士が名前だけを貸した通称「非弁」と呼ばれる詐欺まがいの事務所だと教えたそうだ。

 このように風俗で働く貧困女性を取り巻くいびつさは、裏社会ばかりが要因ではない。表社会であれ、常に寄り添ってくれるとは限らないことが、問題を複雑にする。このことこそ、著者がもっとも読者に伝えたい「驚き」なのだろう。

 ちなみに本書に登場するこの「地雷専門店」は、激安店ながらも女性支援に積極的な風俗店だ。こうした経営者の存在は、風俗で働く貧困女性にとっては、数少ない貴重な味方だ。

 著者は結論として、「風テラス」のような具体的な方策によって、風俗で働く女性たちを正しく福祉、行政、社会へとつなげ、人生の再生に向けた道を歩んでもらうことが必要だと記し、本書をこんな言葉で締めくくっている。

風俗には、社会とつながる勇気を。
福祉には、風俗と共闘する勇気を。

文=ソラ・アキラ