成功する人は、恩返しと○○が必要! ノーベル生理学・医学賞の大村智氏がエッセイで「人生の本質」を語る

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/14

昨年「ノーベル生理学・医学賞」を受賞した、北里大学特別栄誉教授の大村智先生がエッセイ集をこの度上梓した。ストックホルムでのノーベル賞受賞記念講演をはじめ、雑誌や新聞などで発表した随筆が一冊にまとめられた。

身近な所ではペットの犬のフィラリア治療薬や、アフリカの感染症治療薬。多くの人や生物の命に貢献する大発見をした人物だ。そんな世紀の発見をした大村氏は、頭では何を考えているのか。

郷里に自然にいつも感謝

『自然が答えを持っている』(潮出版社)では、タイトル通り、自然から学ぶ大切さ、そして大好きな美術、後世の科学者への思いが自由闊達に語られている。

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自然へ敬意を払う気持ちは、なんとなく想像がつくだろう。エバーメクチンという、ノーベル賞に繋がる抗生物質生産菌を発見したのは、川奈のゴルフ場の土壌からである。また、幼い頃は自然に啓発されて科学的な発想を身につけてきた。

刈り入れが終わった田んぼに、堆肥づくりのために山のように積まれた藁を触ると、すごく熱い…
これは微生物による発酵現象なわけですが、そんなことを理屈抜きに体で感じ、子供心に不思議に思い、なぜだろうと一生懸命考えたものです

このように幼い頃に触れた、山梨県韮崎の自然は厳しいものではあったが、また新たな発見をする日々で、それは今でも同じだという。時間があれば山梨へ足を運び、自然から感化され新たなアイデアをもらう。そしてそんな恩恵を自分に「授けてくれている」地元に感謝し、多くの還元を行っている。それは温泉であったり、美術館であったり。

成功した多くの人同様に、大村氏は「人のために」を念頭に置き常に活動を行ってきた。そのことが、この郷土愛・自然愛を語る口調からあふれてくる。自身の置かれた環境に不満をもらすことならだれでもできる。けれど感謝の気持ちを持つ心の余裕を大村氏から教えてもらえる。

美術と研究には共通点がある

もうひとつ、このエッセイで多く語られているのは、「美術への愛」である。郷里の韮崎市に「韮崎大村美術館」を建設し、美術品とともに寄贈したり、「北里大学メディカルセンター」という新しい病院を設立する際には、「絵のある病院」をコンセプトとして打ち立てたりした。

大村氏の美術好きは子供の頃から始まっていたという。小学校の音楽教師をしていた母が、芸術的なことが好きで、今でいう情操教育を施してくれたという。

ラファエロやミレーなどの名画の複製画を購入しては、額に入れ勉強部屋や寝室に飾ってくれたことが始まりで、小学生の頃には、自分なりの名画のスクラップ帳を作ってきたという。

初めて絵を購入したのは、大学を卒業してから、12カ月払いの月賦でというから、どれくらい好きかが伝わってくる。週末は美術館や画廊へ足繁く通う。さらに海外の学会などに赴く際には、休み時間に寸暇を惜しんで現地の美術館やギャラリーを回ったという。

いったい何がそこまで美術愛を募らせるのか。一見共通点のなさそうな「研究」分野と「美術」には共通項があるという。

今でも私は、研究者として科学への理解を追求しているわけですが、それに比例して芸術を見る目、理解度、感動も深まっていくように思います…
理論的にいえば、当然二つには共通点があるから興味が湧く、ということになりますが、その共通点は何でしょうか。
それは「創造する」ということです

研究者としても美術家としても、感性がいくら優れていても、表現する技術が伴わなければダメだという。また逆に知識や実験の技術がない人に新しい発見はできないと。

研究でも美術でも、結局何が評価されるかというと、技術だけ、知識だけではなく、できあがったもの。そこに創造性、オリジナリティがあってこそ、人を感動させることができるし、広く考えれば人類の文化に貢献することにもなるわけです

大村氏は研究ではもちろん知識も技術力もあるが、美術は見るだけ、鑑賞するだけだという。それでも、「研究」と「美術鑑賞」は互いに影響をしあうという。

感受性を磨かなければ発見などない

美術作品を見ることは、論文を読むという「受ける側」の立場からも共通するものがある。「感じる心」がないと、本当に良いものを見逃してしまうことだ。

この「受ける、感じる心」の大切さを『徒然草』などで知られる吉田兼好から学んだという。吉田兼好が語る「生」と「死」の哲学を大村氏なりに読み解くと次のようになる。

「『死ぬ』ことは若くても、力があっても、いつ訪れるかわからない。だからこそ『生きる』ことを大事にしなさい、生を愛しなさい」…
兼好の思想に脈々と流れるこの主張の中には、自分が自由になる心を持ちなさい、という意味合いも込められていると感じるのです

「生きる」ことを大切にするとは、自分が「自由になる心」を持つこと。大村氏にとっては、美術鑑賞をしている時間が、心から自由になれる時間だという。そしてその自由な時間が、研究に生きる感受性を育むと。良い循環を生んでいる。

事実、多くの美術家との交流を通し、「基礎の大切さ」「心を動かされることが新たな発見につながる」など多くの気付きを得たという。本書では数学者・岡潔氏の言葉も引用して語っている。

人間にとって一番大切なものは情緒だ

科学と対極にあるような芸術の存在は、実は科学にも必要であった。

もちろんこれは、大村流の解釈である。「自由になる心」はどのような経験からも得られるだろう。本書では大村氏がいかに自由で夢中になっているかが熱く語られている。

歴史に残る発見をした人物の頭のなかは、想像以上に自由奔放であった。そのおう盛な好奇心がよく描かれている一冊であった。

文=武藤徉子(id press)