首都東京が劣化する日―文化の発信地ではなく、一地方都市に…?

社会

公開日:2016/7/31

『東京劣化』(松谷明彦/PHP研究所)

 空を貫くように立ち並ぶ高層ビル群。間を縫うように這いずり回るアスファルトの道。世界に名だたる巨大都市、東京の姿が見える。だが近寄って見てみると、想像していたものとは随分違うことに驚かされる。信号機は明滅せずに暗いままで、その下を走る自動車は一台も見えない。アスファルトはひび割れて、ところどころ雑草が顔を出し、立ち並ぶビルの窓ガラスは割れて、隙間風が吹きすさぶ…。ときおりビルの陰から姿を見せる人の姿はひどくみすぼらしい…。

 こんな東京の姿を想像するのは難しい。東京はこれまで日本の中心都市であり、これからもその活気を維持し若者を集め続ける。多くの人はそう考えているだろう。だが『東京劣化』(松谷明彦/PHP研究所)の著者はそう考えてはいない。少なくとも2040年前後に東京が現在に比べて「劣化」しているのは避けられないという。

 背景には世界に類を見ない日本社会の高齢化の進行がある。本書によると、東京都内の高齢者は2010年の267.9万人から2040年には411.8万人へ、なんと53.8%も増加するそうだ。一方地方都市、例えば秋田県では32.1万人から30.6万人と逆に4.5%の減少。日本が全国的に高齢化していくことは疑いようがないが、とりわけその変化が急激なのが東京なのだ。

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 続けて著者はこれから避けられない人口減少高齢社会において、タブーとされる政策がいくつかあると述べている。まずは少子化対策。人口減少の流れは現在の人口構成から避けられない事実であり、そこに巨額の資金を投入することは、財政悪化を招くだけという。

 次いで経済成長の追求。人口が減少し、生産年齢人口が減少する以上、経済規模も縮小していくのが自然の流れ。確かにこの流れに逆らってまで無理な経済成長を目指すことは、素人目に見ても難しそうだ。

 最後に増税による財政再建が挙げられている。著者によると増税が効果的になるのは財政支出と租税収入の上昇率が同じときのみであり、財政支出が増え続ける一方で租税収入が横ばいもしくは減少していくと予測される状況にあっては、延々と増税を続ける羽目になってしまう。

 これらの政策のどれをとってみても、現在の政治が直面している問題であることがわかる。東京劣化は未来の話ではなく、今現在すでに進行中の事柄なのだ。

 では具体的に東京はどのように劣化していくのだろうか? 私たちが普段当たり前に使っている水道や電気、道路といったインフラ。だがこれらを維持するためには、莫大な資金がかかっていることは忘れられがちだ。人口が減少すれば、現在の巨大なインフラ設備のすべてを維持し続けるのは困難になる。一部の地域は打ち捨てられ、電気も水道も通っていないスラム街となってしまうだろう。もちろん生活の質が大きく低下することはいうまでもない。冒頭に挙げたような街並みが、首都東京に出現するのも決して空想の話ではない。

 もうひとつは地域との格差の縮小だ。これまで東京は常に文化や情報の発信地としての立場を保持してきた。日本の文化の発信地としての立場があったからこそ、多くの若者たちが仕事や夢を求めて東京に集まってきた。だが東京の生活の質が低下し、財政が悪化して税負担が重くなれば、地方で住む方が良い暮らしを送れると考える人が出てくる。そうなると若者の流出が地方ではなくなり、地域格差が減少する。そうなれば東京はもはや文化の発信地ではなく、一地方都市にすぎなくなる。

 これから私たちはどのように生きるべきなのだろうか? この本にもその答えはいくつか示されている。高齢者向けの賃貸住宅を建設すること、東京の職人技を武器に世界へと進出することなど…。だが多くの人が共感できる提言は、身の丈にあった生活を送ろうというものだ。いつしか私たちはお金を使うことに慣れ過ぎてしまった。資本主義の理念に首元までドップリ浸かって、それを疑問に思うことすらなくなった。それは国の政策についても同じだ。税収と不釣り合いなほどの財政支出を繰り返しても、明るい未来は開けない。今は自分たちの現実を直視して、歳出と歳入のバランスをとることが大切だ、そう筆者はいう。

 長かった経済成長の夢は終わった。これからは地に足をつけて、現実世界を見て歩いていこう。それだってたぶん、私たち日本人らしい生き方だから。

文=A.Nancy