あなたが人生最期に聴きたい音楽は何ですか? 涙なしには読めない10篇のハートフルエピソード

暮らし

公開日:2016/8/14

『ラスト・ソング』(佐藤由美子/ポプラ社)

 あなたは、「ホスピス」と聞くとどんなイメージを思い浮かべるだろうか。「治療の手立てがなくなった人が、ただ死を待っている」そんな受け身のイメージかもしれない。『ラスト・ソング』(佐藤由美子/ポプラ社)は、米国認定音楽療法士の著者がアメリカのホスピスで働いていた時のエピソードを綴ったものだ。

 死が近づいて昏睡状態の患者さんに、音楽を聞かせるなど無意味なことのようにも思える。しかし、人間の最期まで残る感覚、それは聴覚だという。何も話せず、目を開ける気力さえ残っていない無反応の状態でも、耳だけは聞こえているというから驚きだ。これは、ホスピスで働いている人は経験でわかるそうだが、著者がインターンの頃は半信半疑だったのも無理はないだろう。しかし、一人の患者さんとの出会いが、著者の意識を変える。

 テレサ(80歳)は、末期の肺がん患者。町がクリスマスムードに浮かれ立つ時期に、ホスピスへ移ってきた。音楽療法は、死を迎える本人のためだけではない。看病に疲れている家族のために行うケースもある。テレサの息子と娘も、いつ訪れるかもわからない母親の死を前に気持ちが張り詰めていた。著者は、テレサがミュージカル好きだという話を聞き、『サウンド・オブ・ミュージック』の挿入歌「エーデルワイス」を選ぶ。歌い終わると、子供たちは母親との思い出を語りだす。音楽によって心が解きほぐされた証だ。病室で、ただ母親の死を恐れながら待っていた時間が、母親との残されたひとときを大切に慈しむ時間へと変わっていく。そして、家族は心の準備を進めることができるのだ。最後に選んだのは、テレサが好きなクリスマスソングの「きよしこの夜」。歌っている途中から、不規則だったテレサの呼吸が、ギターのテンポに合わせるかのようにゆっくりと規則的になっていく。そして、昏睡状態だったテレサの目がだんだん開き始めて…。聴覚は最後まで残る感覚であるということ、そして音楽には奇跡を起こす力があるということを実感させるエピソードである。

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 音楽療法で使われる手法のひとつが、「音楽回想法」。認知症が進行して我が子の名前すらわからなくなった人が、昔聞いた音楽をきっかけに記憶を取り戻すことがある。また、末期の患者さんにおいて「自分の人生を振り返ること」は大切な作業だという。

人は、回想によって自分の人生の意味を理解したり、やり残したことに気づいたりできるのだ。

 たとえば戦争などによって辛い体験をした人は、心の奥底にその記憶を閉じ込めているケースがある。そして、死がさし迫った時、その記憶や苦しい感情がよみがえってくるという。ときにそれは、うつ状態なども引き起こす。自分の過去や感情から目をそむけたままではなく、きちんと折り合いをつけることによって新たな旅立ちの準備ができるのだ。そんないわば人生の総仕上げともいえる壮大な作業を、一人で行うのはなかなか難しい。音楽療法士は、音楽をツールとして用い、過去に向き合うサポートをしてくれる。患者さんとのセッションを重ねて信頼関係を築き、感情に寄り添い、導いていく。そこには、人間的な触れ合いが必要不可欠である。

「死」は、人生における最後の「旅」です。そして患者さんとセラピストは、その「旅」をともに歩む仲間のようなものです。

 著者は、ときには相手の悲しみに飲み込まれそうな危険を冒しながらも、音楽を効果的に使って患者さんを最後まで支えていく。覚悟と勇気のいる仕事である。

文=ハッピーピアノ