こんなヒロイン見たことない! ツンデレ、ヤンデレの次にくるのは“コミュ障萌え”!?
更新日:2017/11/14
ここ最近、アニメやコミックを中心に新たな「萌え」のジャンルが盛り上がってきている予兆がある。それは「コミュ障萌え」だ。コミュニケーション障害の略称であるコミュ障は主に、内向的すぎて他人との会話すらも困難な人物を指す。挨拶されてもモゴモゴと声にならない声しか返せず、常に挙動不審…そんなヒロインを「可愛い」、「守ってあげたい」と感じる男性陣が増えてきているのだ。
そんなコミュ障萌えブームが到来するとして、火つけ役になりそうな小説が登場した。『砕け散るところを見せてあげる』(竹宮ゆゆこ/新潮社)である。
本作の主人公、濱田清澄は平凡な高校三年生。しかし、父親の影響で人のために我が身を削る「ヒーロー」に密かな憧れを抱いている。そんな清澄はいじめられている一年生女子を目撃してしまい、正義感から助けに入る。しかし、感謝されると思いきや、女子から返ってきたのは「あああああああああああああ!」という絶叫と拒絶だった。少女の名前は蔵本玻璃。やがて清澄は玻璃が他人との会話もままならない、超のつく変人であると知る。
とにかく玻璃のインパクトがすごい。ぼさぼさの長髪に、毛玉だらけのタイツ、極端な猫背に青白い肌、そんな特徴を書き連ねると、まるで妖怪のようだ。酷いいじめを受けていても反応をしないのに、清澄の差し出す手は絶叫して拒絶する。彼女は一体何者なのだろう? やはり究極の変人なのだろうか。それとも極端な人間嫌いなのだろうか。正直、多くの読者が「こんなヒロインを好きになれるのだろうか」と不安になってしまうことだろう。
しかし、そこは竹宮ゆゆこである。かつて『とらドラ!』、『ゴールデンタイム』といったライトノベル作品で、笑って泣けるラブコメの醍醐味を存分に味わわせてくれた竹宮の筆致は、今回も冴え渡っている。まるでラップのようにリズムの抑揚が心地よい文体に引き込まれてしまうと、玻璃の魅力が段々と伝わってくるようになる。
そう、玻璃は変人でも人間嫌いでもなく、感情表現が苦手なだけの普通の女の子だった。清澄の親切を受け入れ、ぎこちない口調ながらも真摯に感謝を伝える玻璃はたまらなく可愛い。
「……あり、ありがとうございます……あれ、私、気づいて……ほんと、すごく、嬉し、くて」
多くの萌え系ヒロインのポイントとは「ギャップ」である。ふだんは気のない素振りをしていたり、感情表現が乏しかったりしていても、何かの拍子で好意を示す「デレ」を振りまいてきたとき、そのギャップに男性陣はやられてしまうのだ。ツンデレ、ヤンデレといった萌えの類型は、基本的にそんなギャップを踏襲している。
しかし、コミュ障萌えには、そんなギャップに「いじらしさ」がプラスされるのである。気持ちを上手く伝えたい、しかし伝わらない、それでも懸命に言葉を紡ごうとする…そんなひたむきなヒロインの姿は、デレの要素が何倍にも膨れ上がる。このデレの快感を知ってしまったら、くせになること間違いなし。本格的なブームは目前だろう。
もちろん、本作は萌えキャラを描くだけの小説ではない。中盤以降、それまでのほのぼのとしたムードが一転して、ハードな描写が連続するスリラーに変わる。面食らっていると、クライマックスには意外すぎるどんでん返しが用意され、壮大なラブストーリーとして収束するのだ。ネタバレにも関わる部分なので、どうしても詳しくは書けない。こればかりは、ご自分の目で確かめていただきたい。しかし、これだけは保証できる。『砕け散るところを見せてあげる』は、これまでに誰も味わったことのない読後感がある小説だ。この挑戦的な作品を経て、竹宮ゆゆこは小説家として新たな境地に到達したと断言できる。作者のファンも新規読者も必読の一冊。
文=石塚就一