常盤貴子「この映画には、81歳の東陽一監督が見つめている“今”がある」
公開日:2016/9/6
「初めてオペラを観たときの衝撃はいまだに忘れられません。まず視覚的に驚いたのは、ひとつの舞台のうえに、同時に100人以上もの演者たちがいるという、これまでのミュージカルや演劇では観たこともない規模の壮大さ。だからこそオペラの劇場は、奥行きも天井高も必要であるし、また、それを運営していくためには、絶対的に観客を呼ばなければいけないという闘いがあるのだと感じました」
「ページを繰るたび、またオペラを観たくなってしまう」と語る、おすすめの一冊『100語でたのしむオペラ』には、そうした芸術の舞台裏の事情も詳らかにされている。それは、中堅として世界的に活躍している指揮者、音楽監督としての、著者ならではの視点。そして彼は常盤さんと同年代でもある。
「本書には、オペラ歌手の方のセリフの持っていきかた、発音などにも言及されていることから、“あ、似たようなことを考えていらっしゃるな”と。私たちは言葉というものに、ちょうど向き合う年代なのかなということも感じました。つい、“これは今の流行りだから”で、流してしまいがちですが、それらと丁寧に向き合い、一方で、伝統も学び、守ることなくしては、後の世代に言葉を伝えていくことはできない。歌の美しさが重視されるけれど、ひとつの演劇であるオペラにおいて、言葉はきちんと伝えなければ、という記述にも共鳴しました」
映画『だれかの木琴』では、“先の世代”の東陽一監督(81歳)の視点、そして、そこから伝わってくる“今”に大いに感銘を受けたという。
「監督の描いた小夜子は、ストーカーのような行為をしていながら、まともに見えるし、本人も自分が変だとは思っていない。でも、誰かが『それっておかしいでしょ』と言い始めると、人はどこかおかしくなってくる。そうした状況はまさに“今”を映しているなと。81歳の東監督が、そういうふうにこの世界を観ているんだと感じました」
電車の中で皆がスマホを見続けているなか、小夜子ひとりだけ、あるものをじっと眺めている女性に気づくという印象的なシーンがある。少しぎょっとしながら、自分に流れ込んでくる違和感は、まさに“今”そのものだ。
「監督は、大俯瞰でこの世界を見ていらして、ひゅっとフォーカスしたところが、本作で描かれた小夜子たちの生活という感じがします。そうした意味で、この映画はひとつのジャーナリズムなのだと思います」
(取材・文=河村道子 写真=下林彩子)
ときわ・たかこ●1972年、神奈川県生まれ。91年、女優デビュー。映画『赤い月』で第28回日本アカデミー賞優秀主演女優賞受賞。出演作に、映画『引き出しの中のラブレター』『CUT』『野のなななのか』、ドラマ『愛していると言ってくれ』、大河ドラマ『天地人』、連続テレビ小説『まれ』など多数。
ヘアメイク=赤松絵利(esper.) スタイリング=市井まゆ
衣装協力=デニムトップ 2万5000円、デニムパンツ 2万1000円(ともにミュラー オブ ヨシオクボ TEL03-3794-4037) ※価格は税別
パリ国立オペラの音楽監督という多面的な役割を担う著者が、その視点を存分に活かして語った“諸芸術を統合する生きたスペクタクル”=オペラ。配役、舞台配置、小道具、練習の諸段階……と、100のキーワードで、オペラがどのようにつくられていくのかを示していく。端正な言葉も魅惑的な、オペラへの誘いの書。
映画『だれかの木琴』
原作/井上荒野『だれかの木琴』(幻冬舎文庫) 監督・脚本・編集/東 陽一 出演/常盤貴子、池松壮亮、佐津川愛美、勝村政信ほか 配給/キノフィルムズ 9月10日(土)、有楽町スバル座、シネマート新宿ほか全国ロードショー
●引っ越し先で見つけた美容室で髪を切った主婦・小夜子。若い美容師・海斗から来たお礼の営業メールに返信したことから、理由のわからない衝動に突き動かされて……。夫、娘、海斗の恋人も巻き込みながら、2人が辿り着いた結末とは?
(C) 2016『だれかの木琴』製作委員会