アイドルの時代の名脇役。アイドル・ソング作家たちの音楽論
公開日:2016/9/3
テレビにネットに雑誌に、さまざまなメディアへ活躍の場を広げていくアイドルたち。しかし、アイドルの最大の魅力といえばやはり「楽曲」ではないだろうか。カレンダーでファンが一番楽しみにしているイベントは新曲リリースやライブだろうし、新規ファンを獲得するきっかけとなりやすいのも楽曲の良さだろう。しかしながら、アイドルたちの口から楽曲について深く語られる機会はあまりにも少ない。なぜなら彼女たちはあくまでも歌い手であって楽曲を提供される立場に過ぎないことがほとんどだからだ。そのため、楽曲の感想やリリースの意気込みは取材で聞き出せても、音楽性についての意見までは聞き出すことができないのが常だったのである。
ならば、直接クリエイターに聞けばいい。そんな思いから始まったCDジャーナルのWEB連載を一冊にまとめたのが本書『ヒロインたちのうた ~アイドル・ソング作家23組のインタビュー集~』(南波一海/音楽出版社)である。ライター・南波一海氏をインタビュアーとして、4年にもわたって行われてきたアイドル・ソング作家との対話からは、アイドル・ソングというジャンルの奥深さを改めて感じられるだろう。
取材を受けたクリエイターたちのセレクトは多様で、AKB48やももいろクローバーZのような超メジャーアイドルと仕事をしている作家もいれば、地下アイドルやご当地アイドルに楽曲提供をしている作家もいる。しかし、共通しているのは予想の斜め上をいく、楽曲への熱いこだわりである。例えば、BABYMETALやももクロとの仕事で有名になったNARASAKI氏はワンコードでの楽曲制作について「スレイヤーがワンコードだから」とアイドルとは似ても似つかないメタルバンドを引き合いに出す。一方で、BiSなどに楽曲提供している松隈ケンタ氏はメンバーの歌割りまで計算して作るなど、積極的にアイドルとの共犯関係を楽しんでいる。
楽曲の意外な元ネタやアイドルの歌唱力へのコメント、コード進行やアレンジにまつわるアイディアなど、いずれのインタビューも他のメディアでは語られないディープさに満ちている。それは、CDジャーナルというアイドルに特化していない音楽専門誌のWEBサイトで連載されていたことに加え、豊富な音楽的知識に裏付けられたインタビュアーのアイドル・ソングへの思い入れが、クリエイターたちの心に響いているからだろう。
楽曲以外でも、業界の裏話にまで触れている点もまた興味深い。特に印象に残るのはアイドル・ソングの発注事情だ。多くのインタビューで登場する「コンペティション」という言葉は、ファンですらなじみがないだろう。つまり、多くのクリエイターたちはアイドルと専属契約を結んで楽曲制作を行っているわけではなく、集められた中から最も採用されるに相応しい曲を決めるコンペティションに参加しているのである。かつて10代で浜崎あゆみのシングル表題曲を担当し、注目を浴びた松田純一氏ですら、コンペティションの壁に阻まれて4年間も楽曲が採用されなかったという。
一般的にはアイドル・ソングといえば秋元康やつんく♂のように、同一のクリエイターによる制作がなされている印象が強いが、それはほんの一握り。ほとんどのクリエイターが一曲一曲に魂をこめながら、音楽で生活するために日々、制作に明け暮れているのである。
それでも、本書に登場するクリエイターたちは「コンペティションに通るため」に音楽性を曲げて発注通りの楽曲を作っているわけではない。歌詞の注文がなくても曲調を理解してもらうために採用されるはずのない歌詞を載せたり、ときには編曲を依頼された楽曲のメロディーを変更してしまったりすることもあるという。多幸感にあふれながらも、どこか歪さがあり、クセになる日本のアイドル・ソング。その文化を支えているのは、クリエイターたちの決して妥協しない音楽愛だったのだ。
文=石塚就一