世界を揺るがせた世紀のスクープの始まりは、たった1通のメールだった―。記者が明かした「パナマ文書」騒動の舞台裏
公開日:2016/9/9
ジョン・ドゥ。日本語でいえば「名無しの権兵衛」に相当する英語だ。海外では主に、裁判などで身元が明らかになっては困る人物。または、身元不明の死体に使われる場合もあるという。
南ドイツ新聞の記者、バスティアン・オーバーマイヤーの元にある日、ジョン・ドゥを名乗る者からのメールが届いた。
ハロー。私はジョン・ドゥ。
データに興味はあるか? 共有してもいい。
今年の初めに報じられた、世界的なスキャンダル追うノンフィクション『パナマ文書』(バスティアン・オーバーマイヤー、フレデリック・オーバーマイヤー/KADOKAWA)は、まるでサスペンス映画のような描写から始まる。
世界二十数カ国で出版される本書。日本語版では、ニュース解説者の池上彰による“分かりやすい”用語解説も収録されている。夏頃には映画化の噂も取り沙汰されたが、事件の真相へ記者はどのように迫ったのか。その一端を、本書の内容から紹介していく。
暗号通信により、ジョン・ドゥとのやり取りを再開したバスティアン記者。初めに送られてきたのは、会社設立関連文書、契約書、あるデータベースから抜粋された複数の文書ファイルだった。内容を吟味してみると、パナマの法律事務所「モサック・フォンセカ」によるペーパー・カンパニー設立、そして、アルゼンチンを舞台にした、アメリカで係争中の経済事件に関わる資料だということが分かった。
資料に記載されていたのは、600万ドル(日本円で6億円超に相当)もの資金がドイツ銀行に移されていた事実。さらに、他の文書には記載された全123社のうち2社の真の所有者が明かされていた。
すべての文書に共通するのは、モサック・フォンセカが関わっているということ。モサック・フォンセカは、かねてより匿名のペーパーカンパニーの設立を手がける最大手のひとつとして知られていた法律事務所である。しかし、バスティアン記者は別な事件の調査を通して、事務所の不穏な情報を手にしていた。さらに、ジョン・ドゥからの文書には、カダフィやアサド、ムガベなどの残虐な権力者や殺人者とその共犯者との繋がりが書かれていた。
その後のやり取りで順次送られてきたのは、最終的に2.6テラバイト(2600ギガバイト)にも及んだ膨大な資料の数々。「ジャーナリストと名のつく人間が目にしたどんなリークのデータより大きかった」と振り返るバスティアン記者だが、この日を境にして、世界規模の壮大なスキャンダルが明るみに出ることになった。
そして、数日後。南ドイツ新聞内で調査チームが組まれた。もう一人の著者であるフレデリック・オーバーマイヤー記者との通称「オーバーマイヤー・ブラザーズ」である。データが本物かどうか、実証可能かどうか。記事として仕立てるために、最小限の人数しか知り得ない極秘裏の調査プロジェクトがスタートした。
騒動の根幹にあるのは、資産家たちが本来は自国に納めるべき税金を「タックス・ヘイブン(租税回避地)」を介して回避するという問題だ。本書のテーマとなる「パナマ文書」がなぜこうも注目されたのか。その理由は、事件に関わる当事者が全世界的であり、また、各国の政権や主要機関までをも巻き込む“陰謀”が見え隠れするからである。
各電子書店では通常版だけでなく、2016年9月26日までの期間限定で、プロローグ~3章と池上彰氏の特別解説を収録した試し読み版も配信されている。扇情的に伝えられた世界的スキャンダルの背景、さらに、かつてない規模の経済事件の真相へ挑む記者たちの“執念”を感じてもらいたい。
文=カネコシュウヘイ