【今週の大人センテンス】「こち亀」作者が両さんに贈った心からのねぎらい

マンガ

公開日:2016/9/21


 巷には、今日も味わい深いセンテンスがあふれている。そんな中から、大人として着目したい「大人センテンス」をピックアップ。あの手この手で大人の教訓を読み取ってみよう。

 第25回 人生をともに歩んでくれる作品がある幸せ

 「あの不真面目でいい加減な両さんが40年間休まず勤務したので、この辺で有給休暇を与え、休ませてあげようと思います。」by秋本治

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【センテンスの生い立ち】
集英社発行のマンガ雑誌「週刊少年ジャンプ」で、40年にわたって連載されていた「こちら葛飾区亀有公園前派出所」が、最終回を迎えた。最後の「こち亀」が掲載された号では、全連載作家が主人公の両津勘吉を描くなど、雑誌をあげて偉大な作品のフィナーレを華々しく豪華に飾っている。作者の秋本治は「連載終了によせて――。」と題した一文で、こう切り出しつつ、両さんとともに長い歳月を走り続けてきた思いや読者への感謝を述べた。

【3つの大人ポイント】
・じつは頑張ったのは作者だけど、登場人物に花を持たせている
・あくまで「休暇」ということで寂しさをやわらげてくれている
・読者が自分自身の「40年」と重ね合わせてあれこれ考えられる

 「週刊少年ジャンプ」を買ったのは、34~35年ぶりでしょうか。言うまでもなく、40年にわたって連載されてきた「こちら葛飾区亀有公園前派出所」の最終回を読むためです。この長いタイトルのマンガがスタートしたときは、自分は中学生でした。作者のペンネームが、当時ライバル誌で大人気だったギャグマンガの作者名をもじった「山止たつひこ」だったことが、シャレが効いていて痛快だったことを覚えています。

 最初の何年かは熱心な読者でしたが、その後も読み続けていたわけではありません。でも、やがて社会人なり、30代になり、40代になり、50代になっても、ずっと連載が続いてくれていた「こち亀」は、とても頼もしくて心強くてホッとする存在でした。両さんの活躍ぶりを横目で見ながら、何となく励まされているような気持ちや、いっしょに人生を歩んでいるような連帯感も勝手に感じていました。

 ご無沙汰していたのに急に盛り上がるのもおこがましい話ですが、いよいよ最終回となるとじっとしてはいられません。早く読みたくて、発売日を迎えた直後の夜中にいちばん近くのコンビニへ。しかし、そのお店にはまだ最新号の「週刊少年ジャンプ」は置いてありません。お店のどこかにはあるはずですが、店頭に並べる時間が決まっているのでしょうか。

 店員さんに無理をお願いするのも申し訳ないので、夜の街を歩いて次のコンビニに行きましたが、そこにも並んでいません。さらに次のコンビニにもその次のコンビニにもなくて、めぐること5軒目でようやくゲット。おかげでいい運動になりました。長年お世話になった「こち亀」は、最後まで恩恵を与えてくれました。ありがたいことです。ちなみに、ひとまわりして最初のコンビニをのぞいたら、山のように積み上げられていました。

 40年を締めくくる回でも、両さんらしさや「こち亀」らしさがさく裂しています。同じ日に発売されたコミックスの200巻(すごい!)に同じ作品を掲載する「同時中継」も、おそらくマンガ界初の試み。しかも、それぞれでオチの4ページ分を別の展開にするという芸の細かさです。「こち亀」はキャラクターの魅力やストーリーの楽しさはもちろん、新しいことへのチャレンジ精神や読者をニヤリとさせるいたずら心に満ちあふれていました。そこも、40年にわたって人気を保ち続けた秘訣のひとつと言えるでしょう。

 最終回の最後のページに続いて掲載されているのが、作者の秋本治氏の〈「こちら葛飾区亀有公園前派出所」連載終了によせて――。〉と題した挨拶文。「あの不真面目でいい加減な両さんが40年間休まず勤務したので、この辺で有給休暇を与え、休ませてあげようと思います。」という書き出しで、作品に対する思いや今の気持ち、読者への感謝を綴っています。

 「こち亀」という破天荒だけどあたたかい物語を長く描き続けてきた秋本氏らしさを感じるのが、両さんに対して「休ませてあげようと思います」と言っているところ。40年間、一度も休まずに頑張ってきたのは、作者の秋本氏です。それなのに、両さんをねぎらい、両さんに花を持たせているところに、秋本氏の大人のやさしさと懐の深さ、そして登場人物への深い愛情を感じずにはいられません。

 挨拶文の中には「あまりにも長期の作品なので、終了しても その物語は自分の中の時間軸では まだ動き続けているみたいです。だからまたいつか… 逢えることを信じつつ。」という一節も。「休暇」という表現とも合わせて、永遠にお別れするわけではないと強調してくれています。「こち亀」の歴史に大きな区切りがついたのは確かですが、そう強調してもらえるのは読者としてはありがたいこと。両さんがどこかで元気に過ごしているみたいに思えて寂しさがやわらぐし、これからも付き合いが続くような気にもなれます。

 「こち亀」だけでなく、数十年にわたって連載が続いているマンガは他にもあります。子どものころに熱中したマンガが、リバイバルでまた人気を集めるケースも少なくありません。ウルトラマンやドラえもんのように、幼いころからおなじみのキャラクターもたくさんいます。長い付き合いのマンガやキャラクターの存在は、私たちひとりひとりにとって大切な宝物だと言っていいでしょう。考えてみれば、それはとても幸せなことです。

 ずっと「こち亀」を読み続けてきたファンにとっては、最終回だからとニュースになって世の中が盛り上がったり、急に掲載誌を買いに走るヤツがいたりするのは、ちょっとウンザリかもしれません。しかし、最終回を迎えたことで、40年の長さや重みをあらためて感じさせてもらうことができました。自分自身の40年と重ね合わせて、あれこれ思い出したりいろんなことを考えたりしながら、感慨にひたっている読者も多いことでしょう。

 付き合い方や距離感はいろいろでも、それぞれに「大切な宝物」を大切にし、活用させてもらっていることに違いはありません。長いあいだいっしょに歩んできてくれたことへの感謝の気持ちを込めつつ、雑誌や単行本を買うなどして「こち亀・最終回祭り」に参加しましょう。とにかく楽しむことが大切だ、それが人生だというのも、私たちが両さんから学んだ大切な教訓のひとつです。

【今週の大人の教訓】
なくなって初めてその大切さに気づくことは多いが、なくなるまでは気づかない

文=citrus石原壮一郎