女子アナ作家になるな!石田衣良が教える、プロの小説家として必要なこととは?
更新日:2017/11/13
累計100万部を突破した『櫻子さんの足下には死体が埋まっている』(太田紫織/KADOKAWA)をはじめ、数々のヒット作を生み出してきた国内最大級の小説投稿サイト「エブリスタ」。読者と作家のオンライン上でのコミュニケーションを通じ、“読まれる”物語を生み出し続けている。同サイトが主催する「ノベリスタ小説大賞」の特典は、最終審査員である作家・石田衣良氏から直接指導が受けられる小説スクール講座。去る8月30日には、第7回にして最終回となる講座が開催された。今後は「石田衣良 小説家養成プログラム」と名前を変えて、6か月間の徹底トレーニングとして生まれ変わるという。この節目を記念し、作家・橘ももが最終選考を終えたばかりの石田衣良氏に突撃取材を行った。
技術なしでプロの作家になるのは難しい
橘もも(以下、橘):今回でスクールは最後とのことですが、振り返ってみていかがでしたか?
石田衣良(以下、石田):正直言って、おもしろかったですね。ぼく自身、自分の仕事について明確に言葉にする機会というのはなかなかないので、受講者のみなさんの前で話しながら「なるほど、そういうことだったのか」と発見することもありました。最初は、新人作家を育成したいというよりも、単行本の小説がなかなか売れなくなってきているなか、活気づいているライトノベルの分野との橋渡しができないかと思って始めたんですが、売れる作品もたくさん出てきましたしね。新人作家になるためには、今は小説誌よりもオンライン投稿から始めるほうが近道なのかもしれません。デビューするためのチャンネルも多く用意されていますし。
橘:それは、エンタメ性の強い作品が多いってことなんでしょうか。
石田:そうですね。それから投稿作を読んでいて感じるのは、「作家にならなければ」という切実さよりも、書きたくて書いているんだというカジュアルなのびやかさがある。だから読者も読んでいて楽しいんじゃないでしょうか。
橘:やっぱり今は、キャラクター文芸も主流ですし、楽しいエンタメ作品がウケるんでしょうか……。
石田:まあ、よしあしですけどね。のびのびしているぶん、プロとしてやっていくには小説としてつくりこみの甘い部分が多々見受けられます。だからスクールでは、その点をコーチングできたらいいなと思ってやってきました。
橘:毎回、書き出しや描写、構成力など、かなり技術的な面を指導されていましたね。
石田:そこがプロとアマチュアの一番大きな差なんですよね。何を書きたいかというテーマ的なものは、正直、先輩作家だろうと編集者だろうと他人が介入できるものじゃないんですよ。書き手の核であり、人間性が出るものだから。だからこそ、技術を磨くだけで評価はわりとすぐにあがるんです。
橘:技術にとらわれすぎて純粋な情熱が失われる、ということはないんですか?
石田:何をするにもプラスの効果しか得られないことなんてないでしょう。どんなに優れた薬にも、必ず副作用があるように。でも、プロとしてやっていこうと思うなら、技術を知らずに書き続けることは難しいと思います。小手先だけの作品にならないように、その塩梅を自分で調整しながら伸びていく、そのための情熱を持ち続けるのが作家としての理想だとぼくは思います。どうせだからその理想形に向かってみんなで頑張ろうよ、というのがこのスクールの主旨ですね。
橘:とくに意識したほうがいい技術って、なんでしょう。
石田:情景描写かな。投稿作には、登場人物がどの季節にどの場所で話しているかまったくわからないものが多いんですよ。受講者全員に、地下鉄のホームを描写してもらった回がありますが、あれは印象深かった。描写には手間もかかるしセンスも問われるけど、いちばん大事なことだと思います。
応募者の多くが、女子アナ症候群にかかってる
橘:ほかに、新人作家をめざす方に共通する傾向はありますか?
石田:えーとね。これ、ちょっと厳しい言い方になっちゃうんだけど。最近の応募者は、その多くが女子アナ症候群なんですよね。
橘:女子アナ、ですか?
石田:小奇麗な格好をして、非の打ち所がないように装って、つまらない原稿を淡々と読んでいる――そんな印象を原稿から受けるんですよ。要するにみんな、読者にいい人だと思われたいんです。居心地のいい要素だけで小説をつくっているので、自分の殻や核が壊れるようなことは何も起きないんですよね。たとえば今回、アメリカのギャングが女を殺して、彼女の3歳になる娘を育てるという話があったんですが、ギャングがそんなに優しいわけがない。3歳だろうがなんだろうがさくっと殺してそのへんに棄てますよ。ふわっといい話にしていてはだめだとぼくは思いますね。極悪人になれとは言わないけれど、好感度あげようと必死になっているうちは作家としてやっていくのは厳しいでしょうね。もっと世界を広げていかないと。
橘:それは、舞台の半径を広げるというのとは違いますよね。
石田:全然違います。村田沙耶香さんのように、コンビニだけを舞台にあれだけ深く掘り下げていける作家もいますから。時間軸だけでも、過去から未来まで広げていくことはできます。だけど何より、人間のいろんな側面を観察することが必要だと思います。別に特別な人を見る必要はないんですよ。自分のまわりにいる人たちだけでいいんです。
橘:いい話、だけでは一次的で狭い作品になってしまうと。
石田:難しいんですけどね。最近は読者が「いい話」を求めがちな傾向にありますから。リーマン・ショック以降とくに感じることですが、現実で辛くて苦しい思いをしているぶん、予想を裏切られたくないし、お金を払ってまできつい物語には触れたくないという読者が多い。勧善懲悪の物語や、マッサージチェアのように自分を癒してくれる物語が増えているのもそのためでしょう。
橘:自己満足の小説でもだめだけど、読者に読まれるということを意識しすぎてもだめというわけですね。
石田:そう考えると、小説を書くのは異性を口説くのと似ていますよね。読者になんとかして本を読んでもらうにも、好きな人をふりむかせるにも、自分の持てる力を全部使わないといけない。なりふりかまってなんていられない。つまり小説というのは人間力が試されるものなんだと思います。自分自身をすべてさらけだした作品を、ぼくは読んでみたい。全力で作品にとりくむべきときに、カメラ映りや好感度を気にしていては駄目なんです。
橘:自分で自分に問い続けるしか、書き続ける道はないんですね。
石田:そう。あとは、すこし鈍いくらいのほうがいいと思いますよ。あまりにも完璧を求めすぎると、どんどん次に書く作品のハードルが高くなり、やがて書けなくなってしまう。自分で自分を責めすぎてつぶれてしまうのが、一番よくないパターンなんです。自分にできることはきちんと褒めてあげたうえで次に進む、くらいのゆるさでちょうどいいと思います。完璧な作品を仕上げるよりも、書きかけた作品を最後まで完成させて、またさらに次に進んでいく。そうするうちにきっと、自分の強みや個性も見つかっていくはずですから。
橘:次に始まる「小説家養成プログラム」では、技術面の補強にくわえてさらに、書き続けることを学んでいけるんですね。
石田:そうであることを願います。小説を書くというのは苦しい作業なので、自分と同じように悩んでいる仲間がいるというだけでも励みになるはずですし。今回で終わってしまうこの小説スクールも、過去回を含めてすべてがWEB上で公開されているので、小説家志望や新人作家の方にはぜひ見てほしいですね。技術面の勉強になること以上に、きっと、書く勇気がわいてくるはずです。
橘:なるほど……。もう一度最初から見返したいと思います。お話、ありがとうございました。
・石田衣良さん近刊 『逆島断雄と進駐官養成高校の決闘』
・橘もも 『忍者だけど、OLやってます オフィス忍者合戦の巻』
石田衣良小説家養成プログラムURL
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