「この指が覚えていた」―背徳感や恍惚感がエロい女に燃え上がらせる!セックスだけで終わらない、60の官能作品

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/13

『性を書く女たち』(いしいのりえ/青弓社)

ちょっと覗き見たいという好奇心でこの本を手にとる人も多いだろう。女が書いて女が読むエロスの世界…官能小説を書く女性たちが、どんな人なのか? どんな生い立ちなのか? その作品は? と、あらゆる想像を膨らまし、興味本位で期待してしまうからだ。しかし、その立ち読み感覚の下心はあっさりと裏切られる。『性を書く女たち』(いしいのりえ/青弓社)に紹介されている9人の女性作家へのインタビューと、60におよぶ官能作品は性愛を超えるほど衝撃的なものだった。

自分でもコントロールが難しい「性」という本能。心の制御装置が壊れると理解しがたい行動に出たり、傷つけたり、孤立したり、人間を翻弄させる厄介な欲望だ。「性」を題材にした女流作家たちは、男性作家とは違った目線で官能を捉えている。デフォルメされたキャラクターや願望が先行する設定で性欲を満たすというのが男性モノだとすると、女性作家の作品は、母、妻、嫁、と肩書で抑えられてきた欲望が、妄想とリアルの間に生々しく表現されているのだ。その背徳感や恍惚感に女のうちなる炎を燃え上がらせる様が実にエロティックで魅力的である。

第1部は、その作家にスポットをあてた「性を書く女たち」だ。団鬼六がその才能を称賛した花房観音。「花祀り」という作品の中で、“大人のたしなみ”として調教する性を描いている。男女の絡みだけはない、コンプレックス、努力、復讐といった心理描写が花房氏本人と重なり、女の性の奥深さが語られている。

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「贖罪の聖女」を書いたうかみ綾乃は、自身の壮絶な体験を通して、自分の欠落した部分を埋めるように母親のような包容力で男の性欲を受け入れるヒロインを描いた。性愛は現実逃避ではなく素の自分と向き合うことだと説いている。

元CA、モデル、クラブママの蒼井凛花は、華麗な女社会のドロドロの中で芽生える女同士の性について語っている。「夜間飛行」のレズビアンシーンでは男性目線も意識して書いたという。自身がバイセクシャルであることも公開し、体験を赤裸々に綴っている。

第2部は、60作の官能作品が、性、女、愛、妻、入門編と5つのテーマで紹介されている。石田衣良、小池真理子、山田詠美など著名な作家の作品もあれば、与謝野晶子、谷崎潤一郎、川端康成など文豪の名前も挙がっている。一見すると官能作品とは思えないものも、著者いしいのりえ氏の解釈にかかると色艶を帯びたエロスの表現に見えてくるから不思議だ。

川端康成の「雪国」の冒頭シーン。男が指を動かしながら車窓を眺めている。やっと再会できた女に「この指が覚えていた」と告げている。女の感触を思い出そうとした指の記憶。性描写ではないが、実にエロティックで想像力をかき立てる官能的な場面だ。

山田詠美の「蝶々の纏足」では、思春期の少女たちが女同士の支配関係から脱皮して、男女の性体験の中で心身ともに変化していく様子が描かれている。女は複雑な人間関係をくぐり抜けて大人として成長する。快楽だけではない性愛がもたらす成長がそこにあった。

人としての性(さが)を軸にしている作品や、日常を切り取ったヒューマンドラマ作品もある。

菅野温子の「次々と、性懲りもなく」は、何不自由ない暮らしに退屈する妻の暴走劇。欲しいものを逃さない欲深き美人の愚かさと潔さに、女の性への執着が見えてくる。

木原音瀬の「美しいこと」はボーイズラブの性愛表現で満たされる女の願望を描いている。切ないほどピュアに本気で誰かとぶつかりたい、という気持ちが痛いほど伝わる作品だ。

草凪優の「華恋絵巻」は5人の女流作家の作品で構成された短編集だ。この頁のタイトルに「モテない女の妄想炸裂」とあるが、藍川京、うかみ綾乃、森下くるみなど個性あふれる女性作家の豪華共演は、こっそり恋愛論、性愛論など覗いてみたくなる。

官能小説業界では最近、女性読者も増え、新人の女流小説家も続々とデビューしている。彼女たちが描く官能の世界は、性行為だけではない2人の関係や背景、心の機微まで美しく繊細に表現された渾身の作品ばかりだ。時に情緒的で、時に残酷で、時にたおやかで深く心に沁みる。女性の性欲をオープンに肯定してくれるような作家たち。日頃から胸に秘めた複雑な思いが解放されそうな一冊だ。

文=藤本雪奈