「無自覚のブラック」が第二のワタミを誕生させる!ワタミがブラック企業と呼ばれた理由を斬りこむ

業界・企業

更新日:2016/10/31

『ワタミの失敗 「善意の会社」がブラック企業と呼ばれた構造』(新田龍/KADOKAWA)

 2015年12月。ワタミは倒産寸前の危機にあった。2015年3月期の連結決算の最終赤字は126億円。主力である外食産業は43か月連続で売り上げが減少。手元の現金は底をつき、「将来の中核事業の1つ」とされていた介護事業を210億円で売却。なんとか倒産は免れた。私はこのニュースをぼんやり聞いた覚えがある。「さっさと潰れろ」とさえ思ったかもしれない。飲食業界であれほど権勢を誇ったワタミも今や「ブラック企業」の代名詞となってしまった。『ワタミの失敗 「善意の会社」がブラック企業と呼ばれた構造』(新田龍/KADOKAWA)を手にとったとき、ワタミの極悪な企業体質がボロカスに書かれているんだろうと思った。ところが本書を開くと、全然違った。世の経営者、特に成長企業の経営者は本書を手にとらなくてはならない。本書は、第二のワタミが生まれる可能性を指摘している。

 ワタミがブラック企業という負の評判を得てしまった理由は様々あるようだが、本書によると、決してワタミの福利厚生や給与は悪くなかったようだ。また、従業員を使い捨てにしていたわけでもないらしい。本書によると、飲食業界の平均の離職率と比べて、ワタミの方がやや平均を下回っている。データを紹介し始めると長くなるので割愛するが、この時点ですでに世間の評判と差があるように思う。

 また著者の新田龍氏が従業員に「ワタミは本当にブラック企業か?」と質問したインタビューがある。「そうかな? と感じる面と、実際に当てはまっている面が半々くらい」。「仕事にはハード面があったかもしれないが、それを良しと判断するのか、悪いと判断するのかは自分次第ではないか」。従業員はそれほど不満を感じてはいないようだ。そもそも、ワタミ以上に劣悪な労働環境を強いる会社など山ほどある。ワンマン経営者の零細企業がそうだ。ワタミは氷山の一角に過ぎない。それなのになぜワタミだけが突出してブラック企業批判を受けたのか。

advertisement

 本書では、ワタミがブラック企業批判された理由を10に分けて説明しているが、ここでは最大の理由を紹介したい。それは、創業者の渡邉美樹氏に全く悪意がなく、本当に善意の塊だったからだ。渡邉氏は若い頃、起業するという夢を持ち、佐川急便に入社した。当時では相当な高給だったが、同時に労働面は最悪で、先輩社員からのいじめが絶えなかったという。しかし、そのいじめを耐えきり、1年間で300万円の起業資金を貯めて退社。なぜいじめを耐えられたか。なぜ300万円も貯めることができたのか。それは、渡邉氏の起業に対する強い意志があったからであり、佐川急便での日々は、人間性を高め、夢に近づくための日々だったのだ。この若い頃の成功体験こそが「労働が人間性を高める」という確信に変わり、他人にも当てはまるものだと信じ、社員と家族のように思い、同時にそれを求めてしまった。

 新田氏いわく、渡邉氏は能力があり、謙虚な人でもあるらしい。「こんな自分にできたことは他人にもできる!」「できないのは能力の問題ではなく、やる気や意志の問題だ!」。本書の言いたいことがお分かりだろうか。つまり、渡邉氏は自身が強すぎたあまり、他人の弱さに無自覚で、同じように働けない社員を追い込んでしまったのだ。

 本書は、第二のワタミが生まれる可能性を指摘している。と述べた。「自分自身の考えは正しい」という妄信によって、自然と他人を追い詰める。無自覚に自分がブラックになっていく。これはベンチャー企業や成長企業の経営者や幹部にはありがちではないだろうか。本書ではワタミの企業理念もまるまる紹介されている。「365日24時間死ぬまで働け」という言葉が独り歩きしているが、全文を読むとなかなか良いことが書かれている。これに賛同して入社した社員も多いだろう。しかし、自分も同じように働けると想定して、覚悟して、入社した社員はどれくらいいただろうか。「無自覚なブラック」「善意の塊」である渡邉氏についていこうと、結果的に過度に働いてしまった社員がどれくらいいただろうか。まさにワタミの失敗であり、世の経営者たちは対岸の火事ではないことを本書で知ってほしい。

 今回は割愛したが、「そもそもブラック企業とは何か?」「どのような環境がそろったらブラック企業ができあがるのか?」「ブラック企業と呼ばれたら果たして企業は何を失うのか? 対処はどうしたらよいか?」など、ブラック企業数百社と相対してきた新田氏だからこそ書ける内容が本書にはつまっている。本書を読む限り、ワタミだけではない、どの企業もブラック企業になる危険性ははらんでいるように思われる。そのためにできることはなんだろうか。

文=いのうえゆきひろ