口を閉ざす大人たち、見つからない資料、謎の動物慰霊碑…歴史から消された「登戸研究所」の真実に迫った高校生たち―
公開日:2016/10/12
突然だが「登戸(のぼりと)研究所」という場所をご存じだろうか。実はここ、歴史から消されたという、いわくつきの場所なのである。世の中には大人の事情から暗黙の了解で存在するのになかったことにされることは意外と少なくない。確かにあったはずという真実は知られているのに、なぜかマスコミや公式には触れられずに真実が隠されようとするニュースや事件はいまだに多いものだ。今回紹介する『君たちには話そう―かくされた戦争の歴史』(いしいゆみ/くもん出版)は、そんな実際に存在したはずなのに歴史から消された「登戸研究所」の真実を突き止めるために、口を閉ざす当時の関係者たちからの情報や隠された資料を求めて高校生たちが動き、ついには真実を掴むまでの様子を追った実際にあった物語である。
子どもの頃というのは、なぜ、あんなにもドキドキし、不思議に思い、その答えを突き止めようと簡単に勇気や行動力を持つことができたのだろうか。『スタンド・バイ・ミー』とか『グーニーズ』とか日本でもいまだファンが多い往年の名作では少年少女の好奇心から始まる冒険物語が大人たちを驚かせ、興奮させた。映画ではない現実の世界でも、かつての日常を思い出してみれば蟻の行列の先には何があるのだろうと列を追ってみたり、ネコの行き先が知りたくて茂みの中に頭を突っ込んだり、道端に咲く花を口にしてみたり。はたまた、物の作りが気になっておもちゃなどを分解して怒られたり、大人が戸惑うような質問を親や学校の先生にストレートに聞いて困らせたりと、探求心から起こした行動の思い出が人それぞれいろいろあるのではないだろうか。
高校生による真実の物語は、ある新聞記者がとある講座で「戦争中、川崎市の多摩区に秘密の研究所があったらしい。あるとき、その研究所のまわりの田んぼでイネが枯れて、米が実らなかった。どうやら、その研究所が関係しているようだ」という話をしたことがきっかけとなる。その話を聞いた一人の教師が、自分が担当する学級活動の参加者に秘密の研究所の存在について話したことにより高校生の心に疑問と興味がわき始め、物語が動き出す。
その研究所があったとされる場所は明治大学の生田キャンパス内だ。大学の敷地内には当時の建物と痕跡がはっきりと残っている。そして、戦争は既に終わった。そんな現状であるがゆえに、すぐに真実など突き止められるだろうと感じてしまう人もいるのではないかと思うが、いざ高校生たちが調査に動き出すと想像以上に厳しく怪しげな現実が目の前に立ちふさがる。関係者たちは口をかたく閉ざし、資料はまったく見つからない。国立国会図書館や防衛庁図書館にある本を見てもひとつたりとも「登戸研究所」という言葉が載っていないという異常な状況を目にする。見つかったのは謎が残る動物慰霊碑。行く手を阻む大人の事情と重い歴史にぶち当たりながらも、決して諦めようとはせずに、高校生たちはさまざまな想いと方法で真実へと一歩一歩近づいていく。
本書は『高校生が追う陸軍登戸研究所』(赤穂高校平和ゼミナール・法制二高平和研究会/教育史料出版会)という1冊の本に出合った著者が、その内容に感銘を受け、児童向けに書こうと当時の高校生たちや教師からあらためて話を聞き著した本である。戦争という重く深い歴史の一ページとなる話ではあるが児童書として子どもにも理解しやすく構成されているためとても読みやすく、とは言え大人でも十分に読み応えのある内容となっている。読み進める中で純粋な好奇心から心を揺さぶられていたあの頃の気持ちがよみがえり、登戸研究所の真実の追究に向けて、高校生たちと共にドキドキワクワクとしてくる、そんな1冊だ。
大人になるとどうしても、ひとつの事柄をそのまま受け入れることができず、周りの事情や利得、常識なるものなど、さまざまなことまで取り込んで物事を考えてしまうようになる。まぁ、それが大人になることと言えばそうなのかもしれないが、あの時は普通に持っていた「真実を知りたい」というワクワク、ドキドキする気持ち、年齢を重ねて何となく薄れていってしまった真実を知るために踏み出す行動力と勇気を、本書を読んでもう一度思い起こしてほしい。きっと、大人になったことを言い訳にしてはいけない大切さや、大人になった今で役に立つ重要なことが隠されているはずだから。
文=Chika Samon