男子刑務所で読書会を行ったら…。読書の効用、犯罪者の更生についても考えさせられるノンフィクション
公開日:2016/10/14
ときに本は不思議な力を発揮することがある。1冊の本との出会いによって、人生が大きく左右されてしまうことすらあるのだ。そんな読書の力を感じさせてくれるのが本書『プリズン・ブック・クラブ――コリンズ・ベイ刑務所読書会の一年』(アン・ウォームズリー:著、向井和美:訳/紀伊國屋書店)である。男子刑務所での読書会に携わることになった著者が、その体験を綴った本だ。
カナダでは刑務所におけるボランティア活動の一環として、刑務所読書会が開催されている。受刑者有志が進行役のボランティアとともに1冊の本を読み、その内容について話しあう。この読書会の目的は、受刑者たちに本を好きになってもらい、共感や他者との関わり方などを学ぶとともに、文学的な素養を身につけてもらうこと。ちなみに本書にも紹介されていたリサーチ結果によると、読書には共感力や社会的適応力を高める効果があるらしい。さらに内容について他者と意見を交わすことで、社会性がはぐくまれるという。
その活動の発起人である友人キャロルからボランティアとして勧誘された当初、著者は戸惑いを隠せない。著者には強盗に襲われ、命の危機に晒されたという過去がある。彼女は長期間そのトラウマに悩まされていた。犯人グループは男性だったため、刑務所の男子受刑者は彼女にとって恐怖の対象でしかない。しかし、結局彼女はこの話を引き受けることにする。それは亡き父親の言葉および作家としての情熱に励まされたからであった。
「人の善を信じれば、相手は必ず応えてくれるものだよ」
父親は元判事として多くの犯罪者を見てきた人だ。それだけにその言葉は彼女の心に強く響いた。また読書会での経験を文章にする作業を通し、これまで自分を支配してきた恐怖心を克服できるかもしれない。これら2つから勇気を得て、彼女は刑務所読書会に足を踏み入れる。
1回目の読書会では怯えるあまり、議論の内容がほとんど頭に入っていなかった著者。しかし2回目からは落ち着きを取り戻し、読書会の議論にちゃんと参加できるようになる。ここに集まってきている受刑者は札つきのワルばかりだ。殺人犯、元ギャング、銀行強盗犯など。刑務所に入るまで本を読んだ経験があまりないという人も多い。ところが読書会に集ったメンバーは、熱心で有能な読み手たちだった。彼らの鋭い意見に、著者たちが唸らされてしまうこともしばしばだ。同じ本を読み、意見を交わすことで、参加者はみな対等になる。塀の外と中、人種、宗教といった壁が自然ととりはらわられていくのだ。著者もまた、読書会メンバーの受刑者と温かな友情を結ぶようになる。
読書会が最初にスタートしたのは、コリンズ・ベイ刑務所という中警備の刑務所だ。管理体制は厳しく、待遇面においても恵まれているとはいえない。また受刑者同士の関係も常に緊張状態にある。実際、受刑者の間で小競り合いや傷害事件が起こったり、お手製の武器が発見されたり……といったトラブルが日常的に起こる。その都度受刑者たちは監禁状態に置かれ、場合によっては隔離されて独房に閉じ込められることになる。それどころか最悪命を落とすこともある。塀の中は不自由などころか、そもそも安心して生活できる場所ですらないのだ。そのために、自殺したり、自暴自棄になったりする者も多いという。
そんな過酷な環境の下で、本および読書会は彼らの希望になった。本は彼らが正気を保つためのよりどころとなり、今後の人生を考えていく上で重要な指針を与える存在にもなった。さらに参加メンバーやボランティアを仲間として感じられるようになったことは、彼らの心に安らぎをもたらした。読書会への参加を通して、受刑者たちは社会からの疎外感、「他人を信用できない」という孤独感から救われたのだ。
特に親しく交流していた受刑者の仮釈放をきっかけに、著者は1年間に及ぶボランティア活動を終えた。その後受刑者たちと過ごした時間を振り返り、著者は「それが自分の人生を変える体験だった」と語る。受刑者たち同様、この読書会は、著者が人生の新たな一歩を踏み出すきっかけになった。読書による奇跡は、誰のもとにも平等に起こりうるもの。そんな思いを読み手に持たせてくれる1冊である。
文=遠野莉子