長谷川博己演じるDV夫VS悪妻・尾野真千子の迫真の演技がスゴい!夏目漱石夫婦を描いたドラマ『夏目漱石の妻』が話題

テレビ

公開日:2016/10/15

『漱石の思い出』(夏目鏡子:述、松岡譲:筆録/文藝春秋)

 文豪・夏目漱石没後100周年を迎えた今年、各地でさまざまな企画展が開催され、漱石の名言を集めた『漱石のことば』(姜尚中/集英社)が発売されるなど、密かな漱石フィーバーが起きています。そして9月から放送されていたドラマ『夏目漱石の妻』(NHK)が本日最終回を迎える。同ドラマは夏目漱石の妻・鏡子が語った回顧録『漱石の思い出』(夏目鏡子:述、松岡譲:筆録/文藝春秋)をもとに、夏目夫妻の波乱万丈な毎日を映像化したもの。

 本作では、俳優の長谷川博己さん演じる夏目金之助(以下、漱石)と、漱石の妻・鏡子を尾野真千子さんが演じ、ドラマのメインビジュアルが公開された途端、イメージにピッタリと話題に。さらに反響が大きくなったのが、英語研究のために2年間イギリスに留学し、現地で神経衰弱を患ってしまった漱石が強烈なDV夫となって帰国したという、有名なエピソードが放送された第2話。ねずみがいるといっては書斎を荒らし、「お前は私をいらつかせるためにいるのか、今すぐ出て行け!」と激昂し、身重の鏡子に向かって手を挙げることも。第1話のマジメで落ち着きのある漱石からのギャップが衝撃的でした……。

 一方、いつ起こるともわからない夫の癇癪に耐えながら、漱石を支える鏡子の姿に思わず手に汗握った視聴者もいるのでは? 来る最終回では、漱石を死に追いやる病・胃潰瘍が急激に悪化する「修善寺の大患」が描かれるとか! 最終回も楽しみです。

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 ドラマでは、天真爛漫な笑顔と芯の強さが魅力の夏目鏡子ですが、実際の彼女には長い間悪妻説が定着していました。夏目鏡子悪妻説の筆頭に上げられるのは、彼女の朝寝坊です。鏡子がほぼ毎日朝寝坊をするため、漱石は朝食を食べずに出勤することもよくあったとか。

 イギリス留学中の夫から鏡子に宛てた手紙でも「九時か十時まで寐る女は妾か娼妓か」なんて手厳しい言葉が綴られていますが、当の鏡子さんは負けじと「しかし一、二時間余計にねかせてくださればそれで一日いい気持ちで何かやります」と言い返したというから、負けん気の強さもピカイチ。当時は、旦那よりも先に起きて朝食の支度をし、家事を完ぺきにこなすのが良き妻とされていた時代だったため、朝寝坊の鏡子に悪妻のウワサが立ってしまったようです。

 そのほか、彼女が持つ“ヒステリー症”もまた、悪妻説を強めた要因のひとつ。鏡子は、漱石が熊本で教鞭をとっていた時期に嫁いだため、慣れない土地での結婚生活が負担となり、一人目の子供を流産してしまいました。そのことがきっかけとなり、彼女のヒステリー症が悪化。入水自殺を図り周囲に多大な迷惑をかけたことも、漱石の日記で明かされています。

 漱石の死後、長らくダメ妻の烙印を捺されていた鏡子ですが、親類の証言によって悪妻説が払拭されつつあります。また、漱石の神経衰弱を患い、医者からアタマの病気だと診断された際に

「病気なら病気ときまってみれば、その覚悟で安心して行ける。(中略)どんなことがあっても決して動くまいという決心をして参りました」『漱石の思い出』(文藝春秋)より

 と、語り、周囲の親戚や夫・漱石本人から離縁を迫られても、頑として動かなかったとか。

 まさに山あり谷ありの夫婦生活を過ごした2人。その一方で、夫婦連れ立って観劇に行ったり、我が子とすもうを取る漱石など、一家が仲睦まじく過ごすエピソードもチラホラあります。あまり奥さんにデレることがなかった漱石ですが、晩年、入院中の漱石が鏡子に宛てた一通の手紙には、

「眼がまわって倒れるなどは危険だ。よく養生しなくてはいけない。全体何病なのか。具合が少しよくなったら、郵便で知らせてくれ。御前が病気だと不愉快でいけない。(中略)早く帰りたい。帰っても御前が病気じゃつまらない。早くよく御なり。御見舞にいってあげようか」『漱石書簡集』(岩波文庫)(二月二日 夏目鏡子あて)

 「不愉快」や「つまらない」など、皮肉屋の夏目漱石らしいひねくれた表現ではあります(笑)、鏡子を大切に思う気持ちが表れています。理想のおしどり夫婦とはいえないかもしれませんが、さまざまな苦難を乗り越えてきた二人だからこそ醸しだす、“深み”を感じるのは私だけでしょうか?

文=不動明子(清談社)