村上春樹、よしもとばなな…人気小説に登場する「ゲイ」「オネエキャラ」から見えるものとは?
更新日:2017/11/13
マスメディアで活躍する多くの性的マイノリティ=LGBT(レズ、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダーの総称)タレントたち。メディア越しに表象(イメージづけ)されるLGBT像は、たしかにヘテロ(異性愛者)社会と彼らの距離を近づけたかもしれない。しかし、彼らが一個人となったときに経験する、多様な壁や生きづらさ、セクシャリティのリアルまでを教えてはくれない。
では、より詳細に描写される文学作品では、彼ら(LGBT)はどう描かれ(可視化され)、何が隠され(不可視化され)てしまうのか? 人気作家である村上春樹、川上弘美、よしもとばななの作品に登場する、「ゲイの親友」や「オネエキャラ」などを題材に、その表象のされ方を読み解き、性的マイノリティをめぐる可視化の問題について考えるのが、本書『ゲイの可視化を読む-現代文学に描かれる〈性の多様性〉?』(黒岩裕市/晃洋書房)だ。
近現代文学研究者で、ジェンダー・セクシャリティを専門とする著者の黒岩裕市氏は、本書で「偶然の旅人」(村上春樹:著、『東京奇譚集』収録、2005年)、杏子と修三シリーズ(川上弘美:著、雑誌『クウネル』連載、2004~15年)、「王国」シリーズ4巻(よしもとばなな:著、2002~10年)を取り上げる。各章とも、作家紹介(これまでにLGBTをどう作品に取り込んできたかも含む)やあらすじが記され、考察するゲイ男性描写はすべて引用提示されているため、作家や該当作品を知らなくても問題なく読み進められる構成だ。
読み解きは例えば、「〈脱政治化〉という〈性の政治〉」と題された第一章に登場する村上作品「偶然の旅人」では、洗練された都市生活者であり「良い市民」として描写されるゲイ男性の表象を「ホモノーマティブ」(ヘテロ社会を補強するためのゲイ像)と評し、ゲイ男性の性行動描写を露骨に避けようとする文脈を引用し「脱性化される性表象」と論じる。続く川上作品では〈癒しと回復の効果〉、よしもと作品では〈性の多様性を問いなおす〉をそれぞれテーマとした読み解きが展開されていく。
黒岩氏によれば、「偶然の旅人」が書かれた2005年は、郵政民営化を推進させた小泉政権によって、欧米より一足遅れてやってきた「ネオリベラリズム(新自由主義)」が日本で開花し始めた年にあたるそうだ。これ以降、グローバル化、フレキシビリティ、ダイバーシティ(多様性)などのワードが、経済・文化の中で盛んに謳われるようになり、日本のテレビ業界でオネエ タレントなどが台頭し始めた時期とも符合する。
本書のメインテーマは小説におけるゲイ表象の考察だが、同時に、世界に広がるネオリベラリズムが多様性という旗印のもと、どう性的マイノリティを扱ってきたかについても言及し、そしてこう問いかける。
多様性を標榜する現代社会において、果たして性的マイノリティは尊厳をもって表象されているのか? もしかすれば、ヘテロ社会を補強するために駆り出されているに過ぎないのではないか? 本書タイトルの最後に付された「?」は著者のそんな疑いの表象なのだろう。
文学を通したクィア・スタディ(性的マイノリティ研究)における、新たな視点を授けてくれる本書。序章では、昨年より渋谷区が開始した〈同性カップルに証明書を発行する条例〉に見え隠れする行政サイドの思惑も指摘しているので、関心のある方はぜひ、本書をひもといてみてほしい。
文=町田光