自然環境とダムの共存はできるのか? ゼネコンの若手技術者が村人と選んだ一つの答えとは…
公開日:2016/11/15
小生は以前、警備員として道路工事やマンション建築の現場で、交通誘導をしていた。中には住宅街そばに流れる河川の大がかりな護岸工事現場もあり、近隣住民へ気を遣いつつダンプの誘導に明け暮れたものだ。それだけに、大型重機の入る現場には興味を惹かれて、ついつい見入ってしまう。そこで大きな土木工事のことを調べていたらこんな一冊を見つけた。それがダムの建設にいそしむ技術者の姿を描く漫画『昼間のパパは光ってる』(羽賀翔一/徳間書店)だ。
主人公の生沼(おいぬま)はゼネコンの土木技術者として、九州のダム建設現場へと単身赴任する。そこで、長年音信不通だった幼馴染と再会、彼も土木技術者となっていて、ともにその現場で働くことに──。こう書くと、名作映画『黒部の太陽』のようなハードで男臭いドラマを想像するかもしれない。だが、本作は違う。まず生沼にとってダムの現場はここが初めてで、かなりの戸惑いがあった。現場では重機を扱う職人の指揮を執らなければならないのだが、自身の計画より職人の経験に追従してしまうことも。さらに、ダム建設反対派がその心を迷わせるのだった。
作中のダムは、やはり山村をダム湖に沈めることになるのだが、すでに住居の移転も完了し比較的村人との関係は良好である。しかし途中、村外の自然保護団体が村人に対してダム建設反対を説いて回ってくるのだ。実際、ダム建設となるとどうしても大規模な自然への介入となり、生態系への影響は免れない。これは紛れもない事実であり、ダムが多く造れない要因の一つでもある。
昨今でいえば、群馬の八ッ場ダム問題を思い浮かべる読者もいるだろう。すでに周囲の掘削も進み、周辺住民の移転もほぼ完了していた2009年当時、政権交代したばかりの民主党内閣から建設中止の提案がなされた件だ。その後、事業は再開されることになったが、掘削された現場を報道で見て小生は「かなりの森林を削ってしまうんだな」と感じたものである。
そんな中で生沼が提案してきたのが「反対派も巻き込んでビオトープを作る」というものだった。ビオトープとは人工的に自然環境を再現しそこに生物を自生させる造成地だ。そもそも、現場では当初からビオトープの計画はあったのだが、希少種を中心に集めて短期間に行う計画だった。だが、生沼としてはもっと大規模に村人や反対派とともに造りあげ、ダムとともに少しでも多くの自然を未来へ残そうと考えたのだ。当然、他の職員からは疑問や不安の声が聴かれるが、この建設事業を取り仕切る事業所長は生沼に期待し承認した。その後、所長は他の職員にそっと語る「自然と溶けあい地域の人たちと近いダム、それは土木屋全員の夢だ」と。
公共工事に地域住民の協力が欠かせないのは、警備員時代に身に染みた小生であるが、地域の人々とともに作り出すという発想はなかった。実は、作中のダムにはモデルがある。大分市で建設中の大分川ダムがそれだ。もちろん登場人物はフィクションであるが大分川ダム工事事務所の公式サイトを見ると、作中にもあるように、可能な限り自然を大切にしようとしているのが分かる。工事に伴い川の流れを切り替えた際には、地域の子供たちとともに干上がった川の水たまりに残った魚たちを救い出す取り組みも行われているのだ。
土木工事は我々の生活を支える基盤整備であるが、自然破壊だの税金の無駄遣いだのと非難されることも少なくない。しかし当然だが、現場の人間も環境破壊などしたいわけではない。近年は技術も進み、環境への負荷を減らすように配慮されている。近所の道路工事とて、周辺環境への配慮は最大限に行われているのだ。これから年末に向けて、工事現場に遭遇することも増えるだろうが、ほんの少しでも作業員に思いを馳せてもらえればと、元・警備員は願う次第である。
文=犬山しんのすけ