古市憲寿が12人の社会学者に「社会学ってなんですか?」を聞いてみた
公開日:2016/11/17
「社会学」をご存じだろうか。社会学は知らなくても「パラサイト・シングル」や「婚活」は聞いたことがあるだろう。実はこの用語はある社会学者が考えたキーワードである。社会学は、私たちに関係ないようでいて、意外と接点があるのかもしれない。
本書『古市くん、社会学を学びなおしなさい!』(古市憲寿/光文社)は、著者の古市憲寿氏が日本を代表する12人の社会学者に「社会学とは何か?」を聞いてまわった対話集だ。
古市氏は1985年生まれ、近年メディアでコメンテーター等として活躍している。彼の肩書は「社会学者」。時折過激な発言で炎上を招くが、注目の度合いを考えれば、若くして今もっとも世間に発言力のある社会学者なのではないだろうか。その彼が、なぜいまさら社会学を問うのか。
社会学は定義が抽象的なために「よくわからない学問」「信頼できない学問」というイメージがつきまとう。それに対し本書の「はじめに」で古市氏はこう述べている。「しかし、それはとてももったいないことだと思う。それは、『社会学』がとても面白い学問だから。そして『社会学』の考え方を学ぶことは、仕事や日常生活を送る上でも役に立つから。少なくとも僕はそう信じている」。
メディアでの炎上発言がウソのように、古市氏は素直で真摯な態度で対話に臨んでいる。初心に立ち返って投げかけられる質問は、社会学になじみがなくてもわかりやすい。社会学者たちの返答も、これまた理路整然としていて鮮やかだ。そして、なんといっても両者の切り込みの鋭さは見ものである。
対話はいつも「社会学って何ですか?」と問うことから始まる。吉川徹氏の答えを引用すると、「政治学や法学、経済学など他の社会科学がカバーしていない領域を研究する学問」だが、重要なのは次のことだろう。「もう一つは、誰もが日常的に知っている“世の中”を研究対象として、そこに生活者の目線で見えているのとは違う事実が隠れていることを説明するのが社会学者の仕事だということです」。
これを上野千鶴子氏は「常識の関節外し」と表現し、「普通の人が当然のように信じていることを、素直に信じない。つねに『なぜ?』『どうして?』と疑ってかかる」と言い、「それが習い性になるから、どうしたって性格はシニカルになります」としめれば「上野さんは社会学をはじめてから、性格が悪くなったんですか。それとも、もともと性格が悪くて、社会学を始めたんですか」と古市氏がつっこむ。
“性格が悪い”や“いじわる”というツッコミはほかの対談でも時折でてくるが、物事の見方を徹底的に検証する社会学者の職業病のようなものなのだろう。しかしそれは、いじわるなわけだけでもない。佐藤俊樹氏は、社会学が確実に使えるといえる瞬間は一つだけあるといい、こう述べている。「自分で自分の首を絞めている人に対して、別の視点を提供したり、あるいはその人が抱えていることをより明確な言葉にすることによって、問題の本当のありかを考えやすくする手助けはできる。それが社会学者の主な仕事なんじゃないでしょうか」。
視点に“時代”も大きな要素となる。例えば、鈴木謙介氏は、職がないとか家族がいないとかで生きづらさや不安を感じる人のケアとして、昔のように終身雇用に戻せとか家族は大事だとか言っても解決せず、それに代わるような働き方なり生き方なりを模索する役割が社会学にある、と指摘する。
本書には、社会学が社会をよい方向に変える劇的な効果といったたぐいのものは示されていない。しかし、本書を通して「社会学とは何か」にふれると、不思議と希望が湧いてくる。それは社会学が多様な意見を受け入れ、さらに別の視点を探し続ける、寛容で可能性を広げる学問であり、そのように社会も人生も発展できると期待させてくれるからだからだろう。社会学を志す人のみならず、行き詰まりや閉塞感を抱いている人にも読んでみてほしい。
文=高橋輝実