出演強要をはじめとするAV業界の問題に迫る! モザイクの向こう側にナニがあるのか? 黒でも白でもないAV業界最前線ルポ

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公開日:2016/11/22

『モザイクの向こう側』(井川楊枝/双葉社)

 映画『失楽園』の森田芳光監督や平成『ガメラ』シリーズを撮った金子修介監督などのように、ポルノ映画(成人映画)の制作を経験してから有名になった監督は少なくない。女性の裸さえ出せば、演出や物語などについては比較的自由に撮れたことにより若手が腕を磨く場だったとも云われている。それが映画産業自体の斜陽とともに、家庭で手軽に観られるAV(アダルトビデオ)に取って代わられ、今やネットによる視聴も珍しくなくなった。そのAV業界に今年、激震が走った。国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ(HRN)が、AV女優の「出演強要問題」に関する調査報告書を公表し、呼応するかのように警察による大手事務所の摘発や出演者などの一斉検挙が行われたのである。『モザイクの向こう側』(井川楊枝/双葉社)は、AVの制作現場にも携わったことのある著者が、被害女性の支援団体を始めとしてAV業界の関係者にも取材したルポである。

 本書では、女性が騙されて出演を強要されるということだけでなく、AVには様々な問題があることを浮き彫りにしており、それこそモザイクのように複雑だ。例えば、生のセックスは性病といった衛生面の問題があり、医師の処方によらずピルを使用したり女優の膣にクスコなどを入れたりする行為は医師法に抵触するのではないか、SMモノで女優の体に傷をつけるのは傷害罪になるのではないかという具合だ。被害女性の支援団体の一人は、「AVサイドが映画と同じようなエンターテイメントを主張するのであれば、あくまでも演技にこだわるべきではないか」と主張している。初期のポルノ映画は女優に前貼りをしての疑似セックスだったのが、AVの台頭で後期には本番をするようになった一方で、AVの方は裏ビデオでもなければモザイクで隠れるため本番はしていなかった。本書によれば、90年代にインディーズメーカーの隆盛によってAVも「本番が当たり前」という状況になったという。

 そしてさらに問題が複雑な様相を呈するのは、昔と今の出演女優の境遇である。AVの初期に暴力団が関わっているケースは少なからずあって、出演する女性は芸能人になれると騙されたり、多額の借金を抱えていて仕方なく出演し、その出演交渉が無人島に連れ出されて行われたりすることもあったというから、それこそ事件性が高い。それが今は、芸能人になりたいのではなくAVに出てみたいと応募してくる女性が多く、面接で落とすこともあるくらいで、スカウトから出演する方が少ないという。AV関係者からは、プロダクション(事務所)は所属する女優の撮影に関するNG行為を取り決めて彼女たちを守っているという声がある一方、撮影の内容を女優に正確に伝えていないケースもあるようで、他の業界と何ら変わらず、一部の不心得な業者による行為が業界全体を揺さぶっているように思える。「善(クリーン)と悪(ブラック)で割り切れるものではない」と著者が云うように、モザイクに覆われているのが実態なのかもしれない。

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 しかし、世間は一事業者の問題ではなく、業界全体の問題と見るだろうことは想像に難くない。モザイクの無いアメリカのポルノ作品では、日本にある陵辱モノといった女優を虐げるような演出は許されず、女優はフェラチオのさいに眉間に皺が入ったらNGを出され「笑ってなければダメ」なんだそうである。著者が杞憂しているように、「風が収まるまでの辛抱」と様々な問題を放置していると、自由の国のはずのアメリカのように自由な作品を作れなくなる可能性もある。需要のあるものを作るのが商売の鉄則だとしても、本当に「本番」でなければならないのか、ユーザーの側も考える時期に来ているのではないか。AV業界の未来は、モザイクの向こう側にあって見えない。

=清水銀嶺