「住んだアパートはストーカー大家が出現するいわくつき物件」「パワハラ・セクハラ相談窓口担当の上司から執拗ないじめ」…無事に生き残ったから語れる、絶体絶命の体験談
更新日:2016/12/12
これからの季節に気をつけたい火事の死因の多くは、焼死ではなく窒息死だそうだ。煙に含まれる一酸化炭素を吸ってしまうと、頭はハッキリしていても約2分で先に体が動かなくなるとされている。そして、熱い空気を吸い気道が爛(ただ)れて呼吸ができなくなる。だから、火事に気がついたさいにペットボトル飲料などが身近にあれば、中味の飲料でハンカチや服を湿らせて簡易フィルターにし、口元に当てることで生き延びる確率を上げられるという。
しかし、何度か練習しておかなければ実際の対応は難しいだろう。さりとて、そんな訓練をする機会もそうそう無いから、せめてイメージトレーニングくらいはしておくのが望ましいし、どうせなら火事だけではなく他の危険な状況にも備えておきたいところだ。
それには体験談が参考になるかと思い、『命を狙われる体験をしたので言わせて下さい。』(安斎かなえ/竹書房)を読んでみたのだが、あいにくと思惑が外れてしまった。
というのも、読者からの投稿による実体験を漫画で再現した本書には、冒頭から信じられない話が載っている。投稿者であるスナックのママが客から聞いた話であるものの、とある常連さんは小さな会社に就職した直後に生命保険に加入させられたという。そして、社長たちが「毎月払ってるかけ金だってバカになんないのよ!?」などと話しているのを聞いてしまった常連さん、やたらと社長たちから飲みに行こう釣りに行こうと誘われるも、怖いため断り続けていたら、やがて新入社員が入ってきたそうな。ちゃんと経営しているんだと常連さんがホッとしたのもつかの間、入社したのはアルコール臭い「社会不適合なオッサン」で、さっそく彼は生命保険をかけられたうえ、社長たちから「座ってTVでも観てて」と言われている様子に危険を感じ、さすがにその常連さんは辞めたという。
仕事関係では他にも怖い投稿があり、その女性投稿者は一人では処理が不可能な仕事を割り振られたり、上司からヒステリックに叱責されたりするといったパワハラは当たり前。ささいなミスを上司に報告すると「死んでください」と言われ、制服を支給されたさいには「はい! 首吊り用(ハート)」とベルトを渡されて、机上に置いておいた仕事で使う飲用などできない薬品を見つけた上司に「あれ? まだコレ飲んでないの?」と言われたという。しかも、その上司が「パワハラ・セクハラ相談窓口」の担当のため、逃げ場ナシ。そんな職場で14年間も頑張っていたという投稿者は、よく自殺しなかったと同情せずにはいられない。
とにかく、事実は小説より奇なりとはよく云ったもので、大家が同じ建物に住んでいるアパートを借りたという別の女性投稿者は、大家に行き帰りの時間をチェックされるようになり、ついには寝入っている時間に部屋へ大家が入ってきて、投稿者が居るか確認されるようにまでなったというから怖い。大家がストーカーでは、これまた逃げ場ナシだから投稿者は自衛手段として友人に泊まりに来てもらうようにしたのにもかかわらず、友人と一緒の夜中にまで大家が部屋に侵入してきたのだとか。江戸川乱歩の『屋根裏の散歩者』を彷彿とさせる話だが、この体験談を活かす機会があるとは、ちょっと思えない。
前言撤回である。イメージトレーニングをしようにも、危険のバリエーションが多すぎ、しかも想像のはるか上を飛び越えていて、まったく参考になりそうにない。どんな訓練をしていても、いざ自分の身に降り掛かったら思考は停止し、体は硬直してしまうだろう。実体験モノは、自分が当事者でないことに安心して愉しむもので、役立てようなどと考えた私の動機が不純であった。それでもあえて本書から教訓を得るとすれば、「危険を感じたら逃げろ!!」だ。
文=清水銀嶺