「やまゆり園」事件の直後、自閉症の息子を持つ父が綴った「息子よ。そのままで、いい」―障害を持つ子どもの「親たちの苦闘の物語」とは?【著者インタビュー】
公開日:2016/12/5
7月26日未明、神奈川県相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で、入居者19人が殺傷される事件が起こった。そして「障害者は生きている必要はない」と供述した犯人は、元職員だった。
『障害を持つ息子へ~息子よ。そのままで、いい。~』(ブックマン社)は、生まれながらにして脳の機能障害「自閉症」を持つ “かねやん”こと、金佑(かねすけ)さんを長男に持つテレビマン・神戸金史さんが息子にあてた、フェイスブックの投稿から生まれた。
やまゆり園の事件から3日後に投稿された、「障害を持っていなければ息子は普通の生活を送れたかもしれない。障害を持っていなければ、自分たちはもっと楽に暮らしていけたかもしれない。」そんな心情をつづりながら
「息子よ。
そのままで、いい
それで、うちの子。
それが、うちの子。あなたが生まれてきてくれてよかった。
私はそう思っている。父より」
と締めくくっているメッセージは瞬く間に拡散され、TBS系列のニュース番組『NEWS23』でも取り上げられた。前職の新聞記者時代から自閉症を取材し続けてきた神戸さんは、「いなくなればいい」と言われた当事者を家族に持つことで、どんな気持ちを抱えてきたのか。インタビューした。
「やまゆり園の事件は、一番起こってほしくない事件でした。障害者の家族としてはいたたまれなかったし、被害者遺族はプライバシー保護のための取材ができないので、加害者の供述が延々流れましたが、僕と妻はそれを聞くたびに精神的な苦痛を味わっていました。だから取材相手と飲みに行って帰った7月29日の午前2時頃、勢いであの投稿をダーッと書いてしまって。朝起きたらすごい数のシェアがされていて、『おかしなところもないし、いいや置いておこう』と思ったら本にまでなってしまいました(苦笑)」
毎日新聞の記者を経てRKB毎日放送に転職した神戸さんは、雲仙普賢岳の大火砕流などの災害取材や事件取材が専門で、自閉症に対する知識や関心は金佑さんが生まれるまで、そう深いものではなかったと語った。
「自閉症の疑いを最初に持ったのは1歳半の時で、それまでは発育なんて人それぞれだとしか思っていなかったんです。でも3歳で診断を下されて現実になり、その時点ですぐに自閉症についての取材を始めました。本を読んでも全然わからなかったので、自分がわからないなら世間の人もわからないだろうから、だったら取材してみようと思って。しかし本当は取材よりも先に、息子と向き合わなくてはいけなかった。そういうことをしないまま取材を始めたので、いざ障害を持つ子どもを前にしたら『うちの子も将来こうなるのかな』と、とてもショックを受けてしまって。障害児の父親になる覚悟がなかったことに気づかされて、、全然仕事にならなかったんです」
自閉症の子どもと無理心中をした母親の遺族を取材する中で怒りをかい、取材ノートを切り刻まれて逃げるように去ったエピソードは同書に詳しいが、その際神戸さんは無理心中をした母子のことを「未来のうちの家族かもしれない」と言っている。金佑さんを懸命に育てた妻の圭子さんも、ある時神戸さんに「発作的に、この子を殺しちゃうかもしれないと思っていた時期はあった」と告白したことがあるそうだ。
しかし「障害者はいなくなればいい」なんて気持ちは、決して持っていない。なぜなら時間が経てばいずれ誰もが不自由さを抱えることになるし、人間の価値は「社会の役に立つか立たないか」ではない。そして何よりも18歳に成長した金佑さんに対して、家族は皆「そのままで、いい」と感じているからだ。
「やまゆり園の犯人は、親御さんが障害を持つ子にどう接してきたかを見てきたはずだと思うんです。持て余していたかもしれないし、かわいがっていたかもしれない。そんな姿を目にしていても、人間的な共感を持つことすらできなかったのか。そこが疑問だし、他人の子どもを勝手に殺すのは許されないのは、想像するまでもないですよね。誰もが年を取ったらなんらかの障害を抱えることになるし、妻の圭子がこの本に
障害があっても金佑は幸せそうに暮らしています。母である私は、金佑が生まれてきた意味があるのか、社会の役に立つ人間なのかと自問自答することはなくなりました。
私自身、同じことを問われれば答えに詰まることに気付いたからです。何を思い上がっていたのだろうと。
という言葉を寄せていますが、私もそう言いたい。障害を持つ人たちに社会に存在する意義がないなら、今そこにいるあなたにもないと。犯人に対して伝える言葉はありませんが、誰もが皆、幸福で自分なりに精いっぱい生きる権利があるということは、強く言いたいと思います」
フェイスブック投稿を取り上げたある新聞記事に対して、「元気に生まれた人は皆ある一定の期間、社会に十分貢献してから障害を負う。全く貢献もせず、生まれた瞬間から社会の助けを受け生き続ける、あなたの子どものような人とは違う」と書いたはがきが神戸さんに届いたことがある。しかし共感の方が圧倒的に多かったから絶望はしていないし、障害者に対する差別を生む「心の問題」を、乗り越える空気が生まれることを願っている。
「たとえば“○○差別解消法”のような法律が『なぜ差別はいけないか』の議論を持たないまま先にできてしまうと、違和感を持つのは事実だと思うんです。本当は本音の部分、人々の心の中にある差別をどうするかを考えることが大切なのに、先に法律ができてしまうと意識が追いつかない。だからただ『いけません』と法で縛るのではなく、差別された当事者の感情や涙を体験してみること。そうすることで意識が追いついていくし、法に血が通うはず。そしていざ自分が誰かの世話になる立場だったらと思うと、世界は『おかげさま』であることがわかると思うんです。『おかげさま』で誰もが生きているという意識を、取り戻していくべきだと思うんですよね。『親たちの苦闘の物語』であるこの本を手に取った人に、『おかげさま』の気持ちが伝われば嬉しいですね」
取材・文=今井順梨