ジブリが世界に羽ばたき、アカデミー賞を受賞した裏にはある外国人がいた―。『吾輩はガイジンである。ジブリを世界に売った男』
公開日:2016/12/5
いまだに高い人気を見せるスタジオジブリのアニメ。アカデミー賞や、世界三大映画祭といわれるベルリン・ヴェネツィア両国際映画祭でも名誉ある賞を受け、今や日本のみならず名実ともに世界から高い評価を受けている。
しかしジブリアニメが世界に売り込まれ、アカデミー賞を受賞した裏に、ある男性の存在があったことをご存じだろうか。『吾輩はガイジンである。ジブリを世界に売った男』(スティーブン・アルパート:著、桜内篤子:訳/岩波書店)はジブリ作品を海外に紹介する役目を果たすべくスタジオジブリの海外事業部で15年間働いたスティーブン・アルパート氏による回想記だ。1冊の中にこんなにも魅力あるネタがたっぷりと詰められた作品も少ないのではなかろうか。作品の製作秘話からジブリの海外戦略、国際ビジネスの現場、企業や大女優の素の顔まで名前もすべてオープンにし、あっけらかんと、そしてとてもユニークに綴っている。外国人であるがゆえに見えてくる日常生活の中の日本文化との相違点や“ガイジン”が日本で働くということへの鋭い指摘も興味深い。
何かを売り込もうと思ったら宣伝活動は必須だ。しかし自分の作品を売り込むために海外に行くのが嫌だと、名誉ある国際映画祭への参加も断固として拒絶する宮崎駿監督。そんな監督をどうにか欧米への宣伝ツアーに引き連れて回り、数多のエピソードを持つ初代徳間書店社長・徳間康快氏の無茶ぶりや爆弾発言に驚かされながらジブリのために汗を流すスティーブン氏の涙ぐましい努力と珍体験が本書でたっぷりと綴られている。
国が違えばアニメも違う。海外進出の難しさだ。アメリカではこんな指摘を受けたという。父親が裸になり娘たちと風呂に入る場面がある『となりのトトロ』はアメリカでは上映できない。少年が銃撃される『天空の城ラピュタ』や、『平成狸合戦ぽんぽこ』で魔術を使うために登場する動物の陰嚢、『風の谷のナウシカ』で飛んでいるときに見える主人公のお尻のシーンは子どもには見せられないと。しかし、こだわりを持って作品を作っているジブリは「日本の観客のことしか考えていないし、外国で受け入れられるために外国人の趣味に合わせる気はもうとうない」という。
ディズニーの幹部向けプロモーションでは子どもに優しいアニメーションの代表に『となりのトトロ』『天空の城ラピュタ』『魔女の宅急便』の3作品を取り上げた。ところがジブリ作品は全て同様のテイストと思っていたディズニー幹部は『もののけ姫』で腕が切断され、きゃしゃなヒロインが口の周りの血を手でふき取るシーンを見て顔面蒼白となる。そして作品を変えずとも、せめて暴力シーンを相殺するようなヒーローとヒロインのロマンチックなシーン、とりわけキスシーンがあれば素晴らしいと要求する。が、ジブリは“変えない”スタンスだ。さて、でき上がった予告編。追加されていたのは「あの子を解き放て」というアシタカのセリフ。そしてサンが瀕死のアシタカに乾燥肉を噛んで口移しで与えるシーン。これに幹部は喜んだ。ヒーローがヒロインを助ける愛の言葉が表現され、口と口が重なるキスシーンがあると。もちろんこれは意図せぬ勘違いだが、あえて水を差す必要はないと誤った解釈はそのままにされたとのこと。
本書では国際ビジネスの難しさについても明記されている。日本だったら当たり前のように複数で連れ立って行く会社訪問がアメリカでは買収かと騒がれる。納得がいくまでリーズナブルな価格を目指して交渉し続けるアメリカに対して、価格に含まれる内容を交渉する日本。信頼関係を構築することに重点を置く日本に対して、取引は一回限りのものと考え、法律用語が並ぶ何十ページもの契約書を重視し訴訟、弁護士が欠かせないアメリカのエンターテインメント業界の取り引き。韓国・台湾・中国では必ずしも真実が語られず弱腰では成り立たないビジネスの常識もある。国際化が進む中、今後知っておきたい国際取引や交渉術の情報も本書には満載なのだ。
『風立ちぬ』に登場する謎のドイツ人・カストルプは著者がモデルだ。宮崎駿監督が彼への友情の証に描き、監督への友情の証に著者は来日して声を入れた。本書を読むと2人の友情のみならず、ジブリ作品は心の熱いさまざまな人たちによって作られていることを実感する。そして、読後には多くの人の想いが注がれ誕生したジブリ作品がまた無性に観たくなってくるのである。
文=Chika Samon