学校教育に潜む問題を描く! 全寮制高校での不審死に迫る社会派サスペンスが鳥肌モノ!
更新日:2017/11/13
体罰こそ減ったものの、学校教育には今なお理不尽なことが多い。「クラス全員が逆上がりできるまで帰れない」「宿題を忘れたら連帯責任」「男子は全員坊主頭」。疑問を抱きつつも「お前たちのためだ」と教師に言われ、しぶしぶ従った人も多いだろう。
そんな教育問題に真正面から向き合ったのが、似鳥鶏さんの社会派サスペンス『一○一教室』(河出書房新社)。これまで軽妙洒脱な青春ミステリーを書き続けてきた似鳥さんがなぜ社会派に舵を切ったのか、本書にこめた思いをうかがった。
その教育、本当に子どものためですか?
物語の舞台は、全寮制進学校の恭心学園。学園長の松田美昭は「全人教育」をモットーに厳格な教育を推進し、メディアでもてはやされている人物だ。一流大学への進学実績も高く、そのうえ反抗期の子も従順になるとあって、教育熱心な父兄からの支持も厚い。
そんな名門校で、男子高校生・藤本英人が死亡した。柔道部の練習中に心臓麻痺を起こしたらしいが、葬式では故人の顔を見ることもできず、棺は閉ざされたまま。英人の従兄にあたる藤本拓也は、告別式で再会した従妹・沙雪とともに、死の真相に迫っていく。
やがて明かされるのは、恭心学園の恐るべき実態。指導と称した苛烈な暴力が横行し、殴られた生徒は「ありがとうございました」「自分は甘ったれです」と叫ぶ。生徒同士は、落ち度がないか監視の目を光らせ合う。高い壁で囲われた学園は、ジョージ・オーウェルのディストピア小説『1984年』さながらの閉塞社会だ。『一○一教室』というタイトルも、『1984年』に登場する拷問・洗脳室「一○一号室」に由来するという。
「学園長である松田の主張はこうです。『上の者には黙ってしたがえ』『理不尽に耐えてこそ強くなる』。でも、殴って従わせれば子供は良くなる、なんてありえない話。無教養と根性論が結びついた、非合理的な考えです。そんなもの、子供たちが幸せになるための教育ではありませんよね」
ここまで暴力が横行する学園など、あるはずがないと思うかもしれない。しかし、体罰による死亡事件は現実に起きている。けして絵空事ではないのが、恐ろしい。
「取材を進めると、想像以上に酷い現実が待っていました。作中でも書きましたが、体罰で子供を亡くした親が教師の責任を問うと、周囲の親から『家庭に問題があったんじゃないか』と誹謗中傷が来る。そのうえ、事件を起こしておきながら、松田のような人間はドヤ顔で持論を展開し、何度でも教育現場に戻ってくる。恭心学園は、特定の学校をモデルにしたわけではありません。でも、この小説の中で起きた出来事は十分起こり得るし、実際に起きているんです」
真剣な眼差しで語る似鳥さん。このような学校に我が子を安易に預ける親たちがいることも問題ではないかと続ける。
「子供の問題に向き合うのが嫌で、こうした学校に放り込む親がいると思います。でも、それって思考停止しているだけとも言える。『自分が間違っているかもしれない』と顧みないで済むから、ラクなんでしょう。恐ろしいことに、自分が保護者や教育者という立場なら、子供相手にどんなことをしても『すみません、しつけが行き過ぎました』で片づけることができます。むしろ、しつけが熱心=褒められるべきと言わんばかりです。ですが、そういう場合、やっていることは明らかな傷害、保護責任者遺棄、ひどい場合は殺人未遂です。そこをはっきり書かないと、と思いました。みんなが思っているけれど口に出せないことを、代わりに上手な言葉で語るのが小説ですし、とりわけ社会派小説の重要な役割はそこにありますから。かつて『これはおかしい』と思いながらも言い出せなかった方にも、『あなたは間違っていません』と言いたいですね」
「俺たちが若い頃は…」の苦労自慢が、理不尽の連鎖を生む!
全体主義、同調圧力がはびこっているのは、教育現場だけにとどまらない。ブラック企業や差別など、あらゆる問題にかかわっていると似鳥さんは話す。
「『俺たちが若い頃はもっと大変だった』と若者に過度な労働を強いて、怪我やうつ病で働けなくなれば『甘えだ』と叩く。エジソンのような才能を持っている人材も同調圧力で潰し、成長の芽を摘んでしまう。教育に限らず、すべて根底でつながる話。これが日本企業の国際競争力が落ちている一因なんじゃないかと思います。つまり教育問題だけでなく、経済問題でもあるわけです」
では、歪んだ教育や行き過ぎた同調圧力に対抗するには、どうすればいいのだろうか。そのヒントは、作中にある。学園の支配体制に違和感を抱き、反旗を翻した生徒・小川希理人。彼は日頃から図書館に通い、本を通じて社会に触れてきた。表向きには学校のシステムに従いながらも、自分で物事を考えられる男子高校生だ。
「洗脳、抑圧に対抗するには、本を読んで教養をつけることが重要です。相手が何をしようとしているのか、どんな方向に導こうとしているのかは、自分から積極的に考える姿勢がないとわかりません。本は、どの作品を読み、どう受け取るのか、すべて読み手次第。本を読むことで安易な考えに流されない、確かな教養も身につくのではないでしょうか」
取材・文=野本由起