貧困、家庭崩壊、経済格差…殺人事件発生率世界一のホンジュラス。最凶ギャング集団「マラス」の今まで語られることのなかった、衝撃のルポ!

社会

公開日:2016/12/9

『マラス 暴力に支配される少年たち』(工藤律子/集英社)

 次期トランプ政権が掲げる政策のひとつに、犯罪歴を持つ移民の母国送還がある。その狙いのひとつは米国内の「マラス」一掃だ。マラスとは、エルサルバドル・ホンジュラス・グアテマラなど、中米出身者で構成される数多くのギャング団の総称。中米各国や米国ほか世界規模に拠点を持ち、対立グループ間の抗争や麻薬カルテル、テロ組織との関連も指摘され問題視されている。

 最年少メンバーは10歳前後というマラス構成員たち。なぜ彼らは「入るのは自由だが、出ることはできない」という犯罪地獄の扉を開け、自らの命を危険にさらすのか? 彼らに更生の道はないのか? その答えを求めて、世界ワースト犯罪大国である中米ホンジュラスを訪れ、マラスの実像と背景に迫った貴重なドキュメンタリーが『マラス 暴力に支配される少年たち』(工藤律子/集英社)だ。

 著者の工藤律子氏は、東京外語大の院生だった1990年からメキシコの貧困層やストリートチルドレン問題に取り組み、現在も自身のNGOで支援を行う活動家、ジャーナリスト。メキシコで出会うストリートチルドレンの中に、「マラスから逃げるために国境を越えてきた」という子供や青年たちが多いことから、マラスに関心を持つようになったという。

advertisement

「気に入らなければ殺す」が常識のマラスに、もはや近づこうとするジャーナリストは少ない。そうした中、著者の行動はまさに勇猛果敢の一言だ。世界で最も危険な街だろうと刑務所だろうと、堪能なスペイン語を唯一の武器にして立ち入り、現役メンバーへのインタビューを得ようと試みる。こうして本書は、OBを含むマラス構成員たちの生の声を拾い、更生の道を模索する教会やNGO関係者たちへの取材を通して、彼らを取り巻く家庭や社会の構図を解き明かしていく。

 これまで、マラスがいかに凶悪な集団か、を伝える報道は数々あった。しかし本書は、一面にだけフォーカスしたクライム・レポートではない。様々な角度からの取材によって、マラスの背景にある、貧困、家庭崩壊、教育、経済格差、不当弾圧や腐敗政治などの諸問題を俯瞰しながら、彼らがギャング化する根本にあるものを探るのだ。その意味でも貴重なマラス文献となる本書が、第14回開高健ノンフィクション賞を受賞したことは大いにうなずける。

 読んでいて一縷の安堵を感じたのは、「信仰の道に入る場合は、生きてマラスを抜けられる」という事実だ。本書に登場する元組織リーダーだった男性が、現在は聖職者として若者たちの更生に尽力する姿は、かすかな希望の光である。こうしてマラス取材を終えた著者は、多くの子どもや若者がマラスに憧れるのは、「そこが自分の存在意義や居場所を唯一与えてくれる場所だから」と結論づけ、本書エピローグにこう記す。

緊急に望まれるのは、誰もが自然に自分なりの生き方、存在意義、アイデンティティを見つけられる社会の創造。

 これは日本の社会が目指すゴールでもあると著者は記す。日本の子どもや若者も同様に自分の存在意義を求めてさ迷っているのではないか。例えば、学校でいじめに加担する側は、間違った選択肢と知りつつも、そうすることでなんとか自分の居場所を確保しているのではないか。こうした著者の指摘に触れたとき、“マラスの問題は決して、海の向こうの対岸の火事などではない”と、はたと気づかされるのである。

文=町田光