朴槿恵政権退陣要求デモのひとつの原点を描いたマンガ『沸点』―韓国の民主化闘争がもたらしたものとは?【後編】
公開日:2016/12/22
マンガ『沸点 ソウル・オン・ザ・ストリート』(加藤直樹:訳/ころから)には、1987年に韓国で起こった、市民による民主化運動が描かれている。当時の全斗煥(チョン・ドファン)大統領は独裁政権をしいていて、歯向かう市民の中には投獄されて凄惨な拷問を受けた者もいたほどだった。しかしそれこそ市民の怒りは沸点を越え、彼らが政権に反対の声をあげたことで民主化を勝ち取れたのだ。
『沸点』で描かれているその様子は、今回の朴槿恵(パク・クネ)政権退陣要求デモのひとつの原点でもあると、翻訳を担当した加藤直樹さんは分析している。加藤さんのインタビュー後編を、引き続きお送りする。
「今回の朴槿恵退陣要求デモの映像を見ていたら、参加した高校生が『かつて私たちの両親が勝ち取った民主主義を壊されたくない』とスピーチしていました。彼の念頭にあったのは、1980年代の民主化闘争だったと思います。韓国は87年に民主化宣言をして、憲法も改正されました。まさに時代の転換点だったわけです。
2016年11月から、若い頃の盧武鉉(ノ・ムヒョン)元大統領をモデルにした『弁護人』という映画が日本で公開されていますが、彼も民主化闘争を闘った1人です。大統領としては毀誉褒貶ありますが、彼が民主主義のためにしてきたことを知るには、とても良い作品だと思います。映画を見たことがきっかけで『沸点』を読んだという方もいらしたので、『沸点』と『弁護人』の両方を見ていただくと、今回のデモへの理解が深まるかもしれません」
■民主主義=多数決で決まる社会ではない
とはいえ日本では、デモは「カッコ悪い」「意味がない」「うるさい」と思われているところがある。挙句の果てには「選挙で選ばれた政権に反対するなんて、それこそ民主主義の敵だ」という意見まで噴出している。果たして民主主義とは多数決で決まる社会のことで、デモはカッコ悪いことなのだろうか?
「民主主義という言葉で何を指しているかの違いかもしれませんね。選挙で多数の人から代表が選ばれるのが民主主義、多数決が民主主義だと捉えると、世論調査で安倍政権は支持率が5割を超えているようだし、安倍政権のやっていることこそが民主主義だということになります。しかし主権者意識をもって社会に声をあげることこそ民主主義だと思う人は、安倍政権やその政策に反対するデモに参加することで民主主義を実践していると考える。どちらも民主主義のひとつの側面と思いますが、多数決だけが民主主義だと考えている人からしてみたら、たとえば『オキュパイ・ウォールストリート』やトランプ反対デモが起こるアメリカも、民主主義が機能していない国に見えるかもしれません。
また日本と韓国の政治意識の違いは、韓国が共和制の国であることにも関係していると、僕は考えています。大韓民国憲法の第一条2項に『大韓民国の主権は国民にあり、全ての権力は国民から発する』とあります。自分たちの手でこの国をつくってきた、という強い意識があるわけです。だから市民が独裁政権と戦った1980年の『光州事件』の追悼式典には、保守派の大統領であっても必ず参加します。なぜならこれを否定すると、国民が戦って得た共和国の歴史、民主主義の歴史を否定することになりかねないからです。一方の日本では、国民が自分たちでこの国をつくってきたという意識が歴史的に弱いと思うんですね。デモはカッコ悪い、多数決こそが民主主義だと思う人がいるのは、そういうことと関係があるのかもしれません」
しかし韓国の若者だって、いつも戦いに勝利をしてきたわけではない。本書の著者のチェ・ギュソク自身も裕福ではない家庭に育ったことから、「民主化されたところで、超格差社会と若者の貧困が克服できていない」韓国社会を、シニカルな目で見ていたところがあるという。しかし当時を知る人たちにインタビューをしていくなかで「運動世代はすぐに青年時代の苦労を語るけど、誇張ではなく本当に苦労していたのだ」と素直に思えるようになったそうだ。
「ネタバレになりますが、最後に『人々は1枚の白い紙を得ました』という言葉が出てきますよね。勝ち取った民主主義の『白い紙』に何を書くかは、一人ひとりが選択することだというわけです。だから民主的政治制度を得たからそれでめでたしめでたしではなく、それを通じて何を描いていくのかという実践が民主主義なんじゃないかと思います。
80年代の民主化で、韓国には政治的な次元での民主主義は定着しました。でも日本でも知られているように、格差とか若者の失業といった経済的な次元の問題は、むしろ90年代末から拡大してきた。だから若者は『俺たちの世代は民主主義のために頑張ったんだ』と威張るおじさんたちをシニカルに見ているところがあります。それで暮らしがよくなったのかよ、と。とはいえ経済的な問題で声をあげることも、『白い紙』に何かを描いていくことなわけで、韓国の民主主義はやはり健在なのだと思います」
■デモに参加するだけが、声をあげることではない
作品の中で加藤さんが最も好きなシーンは、主人公ヨンホの兄・ヨンジンが飲み屋で若者に向かって、「変節者が一緒に泣いてはいけませんか?」と語る94ページだという。不当逮捕と拷問の末に命を落としたパク・ジョンチョル(実在の人物)を悼む街の若者たちは、居合わせた大企業のサラリーマンであるヨンジンやその上司に、「お前らは何もしないくせに」と軽蔑のまなざしを向ける。しかしヨンジンは彼らに「怒り悲しむ資格は闘っている人にしかないのですか?」と問いつつ、「あなた方も間違っている」とつぶやく。デモに参加しない=政治に無関心では決してなく、それぞれのやり方があることが、ヨンジンの姿から伝わってくるシーンだ。
「80年代の民主化闘争は、むきだしの暴力と対決していたわけだから、多分かなりマッチョだったはずで、実際にはヨンジンのような人物のつぶやきを聞き取れるような時代ではなかったと思うんです。だからチェ・ギュソクは、30年前の出来事をそのまま描いているのではなく、今の若者の柔らかい感性を通じてそれを語りなおしているのだと思います。韓国の運動も、昔の火炎瓶の学生運動時代とは違います。今回参加者は手にキャンドルを持っていましたが、ああいう平和的なスタイルが主流です。韓国でもレインボープライドに数万人が集まることに象徴されるように、マイノリティーの人権や尊厳を求める運動も根付いています。『沸点』は80年代を語りつつも、そうした現代の視点で描かれているから、韓国の若者世代に支持されたのだと思います」
『沸点』は現在、韓国内で16刷まで発行されているという。タイトルの意味は何か、共感できる点はあるのか、アツいデモの源流は何なのか。ぜひ自分の目で確かめてほしい。
取材・文=碓氷連太郎