猫が人に見える主人公と、純喫茶と猫のほんわかコメディに癒やされる!『純喫茶ねこ』
公開日:2016/12/22
喫茶店を利用する理由は、人それぞれ。歩き疲れて休憩がてら、という人もいれば、「このお店のこの珈琲が飲みたい!」と目的がはっきりしている人、自分へのご褒美やリフレッシュに活用する人など、挙げればキリがない。
筆者もよく、仕事が捗らない時や気持ちを切り替えたい時、喫茶店を利用する。喫茶店には日常から切り離された独特の空気が漂っていて、一旦その店の空気に溶けることで、また頑張ろうという意欲が湧いてくるのだ。多少高くてもやめられないのは、ただ飲食できる店としてではなく、その空間全てに惹かれているからだろう。
『純喫茶ねこ』(杉崎ゆきる/幻冬舎)の舞台となっている函館の喫茶店「純喫茶ねこ」も、そんなこだわりの強い喫茶店だ。この店を営む兄弟の長男・刀川兵真が、培ってきた技術を惜しみなく発揮して淹れている、珈琲と紅茶が自慢のお店。豆の種類や淹れ方、濃さなど、客の好みによってその都度調節し、提供している。そんな兵真が淹れた珈琲を飲むためにと、毎朝来店する客もいる。そしてそこに当たり前のようにいる猫たちも、店の一員として愛されている。
珈琲は、あまり飲まない人間からすると「どれも苦いし大差ないのでは」と思ってしまうが、お湯の温度が高いと苦く、低いと酸味が強くなるなど、同じ豆でも淹れ方1つで大きく味が変わるのだそう。本作の主人公・錦織紺も珈琲が苦手だが、珈琲を求めて何度もやってくるお客を見ているうちに「その魅力って一体何なんやろ…?」と興味を持ち始める。
錦織は最初、店の猫の世話をするアルバイトとしてこの喫茶店にやってきた。京都出身の彼は受験に落ち、家族に言えず、実家で飼っていた猫を連れて勢いで函館に出てきてしまった。そこでたまたま出会ったのが、兵真の弟・絢鐘だったのだ。
そんな本書の魅力は、珈琲だけではない。なんとこの漫画、猫が人型になって主人公と会話をするのだ。一体何がどういうことなのかというと、実は錦織には特殊な能力があり、猫が人間のような姿に見えて会話ができるのだ。その能力には彼の実家や、実家から連れてきた猫“お嬢”が何か関係があるようだが、その辺りはコミックで真相を確かめてほしい。
とにかくそんな能力がある錦織のおかげで、喫茶店にいる猫の本音や気持ちが飛び交っている。その様子を見ていると、現実の猫たちも、思いもしないことや深い名言を投げかけているのかも、と思えて気になってくる。
あとがきによると、作者の杉崎ゆきるは、両親の影響で幼い頃から喫茶店によく行っていたらしく、喫茶店が大好きだったそう。喫茶店やカフェには店をやっている人の生き様やこだわりが詰まっていて、博物館みたいだ、とまで書かれている。そしてこの漫画の担当者は、一貫して「ほんわかしたの(漫画)を! ネコを!」と要求してくるブレない人らしい。猫と珈琲が大切に扱われているこの「純喫茶ねこ」という空間は、そんな作者と担当者の愛から出来上がったのだろう。
チェーン店や軽い雰囲気のカフェもいいが、たまにはこの『純喫茶ねこ』の店のように、こだわりの強い喫茶店に入ってみると、普段気にしていなかった細かい気付きや感動に出会えたりする。本書を読んで「いいな」と思ったら、ぜひ自分に合った喫茶店を開拓してみてほしい。
文=月乃雫