2017年の箱根駅伝は何かが変わる!? 5区の距離短縮がもたらすものとは?
公開日:2017/1/1
私たちはなぜ、毎年年初めに“箱根駅伝”の歓喜と興奮のドラマに心を揺さぶられたくなるのだろう。
『東京箱根間往復大学駅伝競走』(日本テレビ系)は毎年のように高い視聴率を弾き出し、たとえば2016年も、往路の平均視聴率は28%、復路は27.8%と、いずれも30%近い高視聴率を獲得する人気ぶりだ(関東地区/ビデオリサーチ調べ)。
6時間の長丁場でありながら人々の心をつかんで離さない要因は、仲間に襷をつなぐため全力で疾走してゆく選手たちにまつわるエピソードを伝える中継や、“ごぼう抜き”“繰り上げスタート”“大逆転劇”などのドラマが生まれやすく最後まで目が離せない展開にもあるだろう。
特に往路5区の“箱根の山越え”は上りが得意な歴代の“山の神”を生み出し、彼らがくり広げる激しいデッドヒートは、まさに正月早々手に汗握る見どころの連続だ。往路のクライマックスでもある。
ところが、箱根駅伝を主宰する関東学生陸上競技連盟(以下、関東学連)は、2017年の第93回大会から4区を18.5kmから2.4㎞延長して20.9kmに、5区を23.2kmから2.4㎞短縮して20.8kmにすることを決定した。
それにより、82回大会(2006年)から10年続いた5区の距離が最長の“新世紀の箱根駅伝”時代は終了。各校の勢力図の変化が予想されている。箱根駅伝はどう変わるのか。自身も箱根駅伝ランナーだったスポーツライター・酒井政人氏の『新・箱根駅伝 5区短縮で変わる勢力図(角川新書)』(酒井政人/KADOKAWA)からひもといてみよう。
“箱根の山上り”は選手の将来にはつながらない!?
なぜ、今回の区間距離の変更が決断されたのか。本書冒頭にある関東学連からの説明のくだりにはこう書かれている。
“5区の選手に対する生理学的負担が大きく、総合成績に対する貢献度も大きすぎる。また、4区の距離を短くしたことでマラソンに順応できる選手の芽をつみ取っている懸念の検討結果”
言われてみれば、なるほどそうかとうなづかざるを得ないのだが、それでは5区の闘い方はどう変わるのか。酒井氏は“10区間全体のパワーバランスが変わる”と予測。そして“これまでスペシャリストがいれば勝てると言われていた5区の闘い方にも影響が出る”とみている。
本書はまず、「最長区間の山上り5区が生んだドラマ」を振り返る第1章から始まる。歴代の“山の神”である今井正人(現・トヨタ自動車九州)、柏原竜二(現・富士通)、神野大地(現・コニカミノルタ)たちが見せた山上りでの劇的な大逆転の様子が活写され、文字を追う読み手の脳裏に箱根の山での数々の激走シーンが鮮やかに蘇ってくる。
さらに「山を制したチームが箱根を制した」理由や、「新・箱根駅伝「勝利のセオリー」」「王者・青山学院大に迫るライバル校」「第93回大会の注目ランナーたち」など、箱根駅伝のこれまでから現在、今後を概観するためのエピソードや分析がテンポよくつづられていく。データも充実しており、どの章から読んでも面白く読み進められる。
そんな本書にひときわ奥行きを出しているのが、随所で語られる箱根ランナーたちのセカンドキャリアの難しさだ。第1章で現在、社会人ランナーとして期待される“山の神”たちの苦悩に触れ、第6章では「東京五輪を沸かせる選手は現れるのか」と題して、箱根から世界に通用するランナーへの道筋について考察。日本の長距離界の底上げや五輪ランナー育成まで視野に入れたとき、箱根だけに焦点をあてていては、バランスがとりづらい面もあることに警鐘を鳴らす。
かつて青学ランナーとして最初に注目された出岐雄大(中国電力)が25歳で引退した際の「箱根駅伝以上の目標を見つけられなかった」という言葉は印象的だ。酒井氏は“箱根駅伝が競技者としての最終ゴール”と考える選手への理解も求めており、そのことは、箱根の経験がひとりの青年の人生にもたらす影響がいかに大きいかを物語っている。
最終章のラストは、初代“山の神”の今井正人選手が“箱根駅伝とマラソン”について語ったポジティブなインタビュー。現在32歳、東京五輪も見据える彼の「僕はあまり年齢を気にしていません」という言葉が頼もしい。彼が箱根ランナーたちの新たなロールモデルとなる日を期待したい。
第93回大会以降の“勝利のセオリー”とは
箱根をめざす選手たちはこの1年、“箱根駅伝”のために、ただひたすらに毎日地道な練習を積み重ね、あるいはスポーツ科学に基づくトレーニングや目標管理なども行い、その日にそなえて力を蓄えてきた。そんな彼らの晴れ舞台を、心躍らせながら大手町まで見届けたい。第93回大会の観戦をより楽しむために、酒井氏は「2.4㎞」の小さな変化がもたらす“新たな闘い”を、こんなふうに予想している。
“新・箱根駅伝では、4区の重要性が増すことになり、「1年生区間」ともいうべき負担の軽い区間が消滅する。10区間トータルの闘いが顕著になるだろう”
“基本的な走力が高く、様々なキャラクター(持ち味)の選手をいかに揃えることができるのか。新・箱根駅伝はこれまで以上に「選手層の厚いチーム」が有利になるだろう”
“戦術が様変わりするため、多くの区間で「区間新」が誕生する可能性が高くなる”
本書の3章には、全10区間の区間記録と1㎞あたりの平均ペースが記載されているので、手元に置きながら観戦するのも面白そうだ。
果たして“箱根の山越え”が変化する2017年も、往路、復路ともに青山学院大学が首位を独走し続けるのか。はたまた彼らに迫るライバル校が勝利をもぎとるのか。箱根駅伝の“新たな未来予想図”が見えてきそうな93回大会を、かたずをのんで見守りたい。
文=タニハタマユミ