あの人のお弁当が見たい! 人気番組『サラメシ』とANA機内誌連載『おべんとうの時間』のカメラマンが語る「働く人とお弁当」の中身って【インタビュー】
公開日:2017/1/5
学生時代、お弁当の時間は楽しみと同時にドキドキしたものだった。
寄り弁になってないか、煮物ばかりで茶色一色になってないか、嫌いなものは入ってないか……(自分で作ってなかったくせに、ずいぶん偉そうである)。そして友達がどんなお弁当を持ってきているのかも、かなり気になっていた。だけど中身を凝視するのは、なぜかお互いに気が引けていた。
あの頃の昼休みは、ちょっとした見栄と照れとおいしさを味わう時間でもあったのだ。
カメラマンの阿部了さんとライターの阿部直美さんによる、市井の人とそのお弁当を紹介する『おべんとうの時間』が全日空の機内誌『翼の王国』でスタートしたのは、2007年のこと。お弁当と持ち主が並ぶ写真は、「中身を凝視したいけどできなかった」気持ちを存分に満たしてくれたこともあり、2017年で10年を迎える同誌の人気連載となっている。
『おべんとうの人』(木楽舎)には、阿部了さんが出演しているNHKの番組『サラメシ』の取材で出会った25名の働く人と、そのお弁当が掲載されている。機内誌とテレビ番組では、取材の進め方の違いはあるのだろうか? 阿部さんに伺った。
◆誰かに見せるものではないから、撮りたかった
「なぜお弁当を撮るようになったのかというと、1999年に、同じ人の部屋の10年前と現在を並べる写真展をやったんですけど、漠然と『こんな感じで、お弁当と人を並べた写真を撮ってみたい』と思いついたんです。
写真は翌年から撮り始めたんですけど、2006年の秋頃に『ソトコト』編集長の小黒一三さんに話したところ、少しして「翼の王国で連載してみる?」と連絡が来て。だから最初から連載ありきで始めたわけではないんです。
部屋の写真を撮っていたのは、よく知ってる友達でも、部屋を見ると新たな発見があったから。部屋って人に見せるのはちょっと恥ずかしいじゃないですか。お弁当も一緒で、前の晩の残り物が入っていたりするので、僕だって見られるのは恥ずかしい。誰かに見せるためのものではないところが、共通していたんですよね。あとは昔から人が食べているものが気になって仕方なくて。妻(阿部直美さん)とも付き合い始めの頃、よく『昼、何食べたの?』とか聞いてましたね(笑)」
『おべんとうの人』には北海道から鹿児島まで、「全国の働く人とお弁当」が掲載されている。卵焼きやウィンナー、プチトマトなどはよく見る「定番」だが、長野県岡谷市の「諏訪式繰糸のベテラン」のお弁当には蚕のサナギの佃煮があり、北海道稚内市のうろこ市裁割人のお弁当には、数の子が入っている。似ているように見えて、土地が違えば味も違うことがお弁当を見る楽しさでもあると、阿部さんは語る。
「蚕のサナギはおすそ分けされたから食べてみたけど……初めての味だったね。でもその日は元気になった気はします(笑)。あれは普段から普通に持ってきているものなんです。北海道の方のお弁当には筋子や数の子が入ってることもあって、同じように見えても1人1人違うところが面白い。でも不思議なもので、写真を入れ替えたとしても『この人はこのお弁当』っていう正解がわかるんですよ。下に敷いてある布も、なぜかその人にマッチしているものばかりで。それもお弁当を見る楽しさになっていると思います」
◆会いたい人に会いに行く、が人選の基準
『おべんとうの時間』にも『おべんとうの人』にもさまざまな人が登場するが、どうやって探してくるのだろうか?
「はじめのうちは知り合い伝手に探していたんですけど、『人に見せるものじゃないし』と言われてそれっきりになることも多くて。なかなか進まないので、だったら全然知らない人に連絡して『ぜひそちらの会社のお弁当の人を紹介してください』って言ったほうがいいかなと。以来妻と『こういう人いないかな』の思いつきで探していますが、今まで撮影したのはすべて、会いたいと思った人なんです。
一方の『サラメシ』の『お弁当を見にいく』コーナーは番組制作者が探してくる人を撮影しているので、人選には関わっていません。番組で紹介した人は『おべんとうの時間』では紹介しないことにしているので、『サラメシ』と『翼の王国』は、人探しにおいてはライバルなんですよね」
『おべんとうの時間』の写真はフィルムカメラである程度の時間をかけて撮影をしているが、『サラメシ』はデジタルカメラで撮影しているという。それぞれに違いはあるのだろうか?
「変わりなくやってはいますが、『おべんとうの時間』はその会社のその部署にいるその人1人に焦点を当てていて、『サラメシ』は何人も撮っているので、そこが大きな違いです。
あとテレビの場合は相手から話を聞き出しながら撮らなきゃならないから、時間に追われながらやってます(笑)。だって一斉に食べ始めたところで1人の話を聞き終わって周りを見てみると、他の人はもう食べ終わってることがよくあるんです。だから毎回冷や汗かきながらやってます(笑)」
そんな阿部さんが立木義浩氏のアシスタントを経て独立したのは1995年で、前職はなんと、気象観測船の機関員だった。船乗りからカメラマンという華麗な(?)転身を図ったわけだが、ずっと「ゆくゆくはカメラマンになりたい」と思っていたのだろうか?
「思ってなかったけど、小学校の文集の将来の夢には、『プロ野球選手とカメラマン』と書いてました(笑)。機関員になったのは本当にたまたまで、高校を探していた時に全寮制で目の前に海がある海上技術学校のことを知って、楽しそうだなって夢が膨らんだから。機関員は4年で辞めたんですけど、その時に『あと16年いれば恩給もらえるよ』って言われて。でも16年もいたら今やりたいことができないですよね(笑)。その後大学で写真を学んでいた時に研究室の先生に『建築関係の写真事務所に行きたい』と相談したら、なぜか立木さんがアシスタントを探しているからやれと言われて(笑)。立木さんは女優を撮るカメラマンってイメージが強かったから自分に合うのかわからなかったけど、結果的にはやってみて良かった。だからというわけではないけど、この本は将来に悩む若い人に読んでもらいたいんです。大学を出てストレートに歩むだけが人生じゃない。こんなおっさんもいるんだってことを、ぜひ知ってもらえたらと思っています」
小さな島の保育士さんや宇宙飛行士など、阿部さんの「会ってお弁当を見てみたい人リスト」は、日々更新されているという。誰かの見栄と照れとおいしさは今日も日本中で、いや世界中で生まれているのだから、これからもぜひ、テレビで機内で見続けていきたい。
取材・文=今井順梨