「人は、1日1回は誰かと話さなくてはいけない」 100歳の精神科医が見つけた“ちょうどよく生きる”真理とは?
公開日:2017/1/24
生きていると楽しいこともあれば、辛く悲しいこともある。人生という長く短い時間の中でたくさんの喜怒哀楽を抱えて生きていく。その喜怒哀楽のバランスが取れていればよいのだが、怒りの感情がちょっと多めに傾いたり、悲しみの感情が増えすぎてしまったりすると、自分を見失うことがある。そんなときぜひ読みたいのが『こころの匙加減』(高橋幸枝/飛鳥新社)だ。
「高度成長期を迎えて暮らしが豊かになると、精神が過敏になる人が出てくる」。そう考えた著者で医師の高橋幸枝氏は49歳で「秦野病院」を開設し、院長に就任。それから半世紀にわたって勤めあげ、2016年11月には満100歳を迎えたそうだ。本書は、100歳で精神科医の高橋氏が見つけた「ちょうどよく生きるための40の真理」を紹介している。
暗いトンネルの中では自分に期待をして過ごす
数年前にうつ病の治療を終えて退院したKさん。経過観察のため、Kさんが外来を受診したときのこと。「長いうつ病の時期を、自分は通り抜けることができたんだ」と語ったそうだ。心の病気は血が出るわけではないので、他人には苦しみが伝わりにくい。闘病中は「うつ病が治るなら、私の手足を神様に差し出してもいい」とまで思い詰めたそうだ。高橋氏は「苦しい時期というのは、永遠に続くわけではありません。苦しい時期が過ぎれば、明るく楽しい時期もやってくるもの。それが人生の法則です。苦しいときこそ希望を持たなくてはならない」と締めくくっている。
誰かと話すだけで心は温かくなる
ある老人ホームの定期診察で高橋氏はMさんと出会った。Mさんは74歳。最近は「現実と異なるおしゃべり」をしているということで、施設の職員が認知症を心配していた。その「おしゃべり」とは、「毎晩きれいな女性の幽霊が現れる。親切な幽霊で、訪れる度に私の布団をかけ直してくれる。毎日現れてもいいくらい」という内容だ。これを聞いた高橋氏は「Mさんは毎晩ひと際寂しさを覚えているのだろう」と感じ取った。深夜に何度も目が覚め、寂しさを一人で抱えきれなくなったのではないか。彼女の孤独感や欠落感が「きれいな女性の幽霊」を作り出したのではないかと推察している。このMさんを通じて高橋氏は「人は、1日1回は誰かと話さなくてはいけない」と訴える。それだけで冷え切った心を温めることができるからだ。誰かと話すことは積極的に生きる訓練になるし、なにより言葉を交わし合うことは人間にしかできない喜びなのだ。
人生とは、自分の「匙加減」を見つける旅
どんなことにも適度な塩梅、つまり「匙加減」というものが存在します。匙加減は、人によっても大きく異なります。それらをひとつずつ見極めて、把握していくことが「生きる」という営みなのです。
「心の匙加減ほど、むずかしいものはない」と、100歳になっても痛感している高橋氏。心は百人百様。精神科医が100年生きても「心の匙加減」を見出せないのであれば、迷っていることこそが人生の正しい生き方なのではないだろうか。
ストレス社会と称され、様々な問題に悩まされる現代人だが、なにより一番悩んでいるのは、自分自身との付き合い方かもしれない。
文=いのうえゆきひろ