死んでしまった少年と、傷つき続ける少女と。出逢えないはずだったふたりのめぐり逢いがもたらす、柔らかで力強い再生の物語『リンドウにさよならを』
公開日:2017/1/31
リンドウという花に、そう馴染みのない人も多いのではないか。かつては日常に寄り添う花として親しまれたものの、いまでは見かけることも少なくなってしまったあの青い花だ。花言葉は「悲しんでいるあなたを愛する」。そんな花の名をタイトルに冠した本作は、特異な状況のなかで物語の幕が上がる。主人公がすでに死んでいるのだ。
ある日、高校生の神田幸久は通い慣れた学校の教室で目を覚ます。だがそこには彼の知るクラスメートたちはすでにおらず、そして自分が誰にも気づかれない幽霊であること、自分の最後の記憶から二年の時が経っていることに気づく。最後の記憶――それは、片想いの相手である少女、襟仁遥人(えりひとはると)とともに校舎の屋上から落下する記憶。
死を自覚しつつも、なぜいまになって幽霊として目覚めたのか。学校から離れられないのはなぜか、そんな疑問だらけの死後ライフを送ろうとした矢先、幸久は穂積美咲(ほづみみさき)という少女に発見される。なぜ美咲だけは彼を見ることができ、言葉をかわすことができるのか? さらに増した疑問に悩みつつも、幸久はクラスのイジメのターゲットになっている美咲に力を貸すべく、幽霊なりに奮闘を始めるのだが……。
主人公が地縛霊なだけに、本作の舞台は学校だけに限定されるのだが、かえって濃密な人間模様を描くことに貢献している。イジメに遭う少女美咲の痛みと交錯するように、幸久と襟仁遥人との記憶も、ささやかな痛みを伴って描かれる。幸久を現世につなぎとめるかのように、過去といまが、襟仁と美咲の物語が平行して描かれていく。
登場人物に共通するのは、なにかしらの葛藤――後悔や喪失感と、それを埋めるべくもがく心を抱えていることだろう。どこにも捨てようのない痛みを抱えながら、それでも前に進んでいく。声高に主張こそしないが、『リンドウにさよならを』という作品には、そんな彼らへの励ましと暖かな眼差しに満ちている。まるで、リンドウの花言葉のように。
例えば、かつて好きだった少女との記憶に突き動かされながら幸久は、美咲にささやかな強さと明るい日常をもたらすのだが、その過程の描写は青春小説の真骨頂とも言うべき心のざわめきを読み手にもたらす。安心感とカタルシスと、気恥ずかしさ。一言でいえば「ポカポカする」というやつで、このあたりは恋愛小説としても大変実直に青春していると全力で評価したい(一方は幽霊であり、実らぬ恋ではあるのだが)。
やがて物語は、幸久が地縛霊になってしまった真相に徐々に近づいていく。幸久と、美咲が前を向く眼差しを取り戻したとき、なにが起こるのか――。心のどこかに疲れを感じている人には特に強くおすすめしたい、優れた青春学園小説だ。
最後に。著者の三田千恵は、本作にて「えんため大賞」ファミ通文庫部門〈優秀賞〉を受賞し、デビュー。誠実に、丹念に人を描いていこうとする意志がその筆致から感じ取れ、楽しみな新人がまたひとり現れたと強く感じた。今後の活躍に期待したい。
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