「自分らしさ」はもういらない! 『暮しの手帖』元編集長が提唱する、頭でっかちな自分を捨てるためのレッスン
更新日:2017/5/8
ナンバーワンよりオンリーワン。というフレーズが一世風靡した時期がありました。同時期によく聞いた言葉が、自己実現や自分磨き。それはたしかに、競争社会から解放されるための言葉だったはずなのに、いつしか個性追求の檻にふたたび閉じ込められた人も多いのではないでしょうか。そんな人におすすめなのが『「自分らしさ」はいらない くらしと仕事、成功のレッスン』(松浦弥太郎/講談社)。『暮しの手帖』編集長やクックパッド勤務を経て活躍する人気エッセイストの最新作です。
自分らしさってなんでしょうね。人から言われる「あなたってこうだよねー」には反発したくなるときもあるし、自分で考える「私はこうだ」は決めつけすぎて偏っている気もする。仕事でも、「自分はこういうのをきっと求められているな!」と思って行動したことよりも、な~んにも考えずにぽんっと出したもののほうが褒められたりもします。プライベートでも「え、そこなの!?」と褒められポイントにぎょっとしたことのある人はきっと少なくないはず。でもたぶん、自分らしさってそんなもの。無心なところからぽっと生まれでるものが、案外、“ホンモノ”だったりするんですよね。
なんてことを考えさせられた本書では、いまなお新しい世界に挑戦し続ける松浦弥太郎氏が、体験から得た“心で考える”大切さを語っています。『暮しの手帖』を辞したのも、「心で考えようと言い続けている自分自身が、成功体験にもとづいて頭で考えることに頼り始めている」と気づいたから。それでは新しいものは何も生まれない。
「人は弱い生き物だから、たとえ可能性が狭められるとしても、安定した居場所にしがみつくのです」
それで雑誌編集長から、ITの世界へ飛び込んだ。う~ん、強い。かなり勇気のある行動に見えますが、これもたぶん、心で考えた結果なのでしょう。
心で考えるとは、「想像力」と「感受性」を働かせること。
感受性と想像力と愛情。この3つがエンジンとなって、心が動く。
そう語る松浦さんは、そのことが結果的にものづくりの新しさを生むといいます。個人的には「いつも包丁の刃ばかりを洗うけれど、いちばん汚れているのは果たして本当に刃なのか?」という発想にははっとさせられました。……たしかに松浦さんの言うとおり、刃を洗うのも大事だけど、毎回にぎっている柄の部分って、あんまりちゃんと洗った記憶がない。わたしも読んではじめて、柄の部分を洗ってみました。わりと、衝撃をともなう初体験でした。
そんな発見の積み重ねで、わたしたちは見たことの世界に誘われていく。そこでまた心を働かせれば、さらに新しい世界へ飛び込んでいける。その先に、誰も知らなかった“自分らしさ”も見つけられるんじゃないかと思いますが、そのときにはもう、そんなことはどうだってよくなっていることでしょう。もっと大事で、おもしろくて楽しいことがたくさんあるから。
楽しければいいじゃない、なんて言うとただのぐうたらな怠け者に思えるかもしれない。でも真の楽しさは、「楽(らく)」なことばかりには基づかないし、楽しむために全力を尽くすならそれは立派なこと。心で考え、新しい世界を見るために、いま、自分は何をしたらいいだろう? そんなことを思った人にはぜひ、松浦さんのやわらかさに満ちた文章に触れていただきたい。
文=立花もも