自主規制や有害指定、それでもマンガ家たちはエロを描く―。エロマンガに込める思いとは?
公開日:2017/3/5
日活ロマンポルノやピンク映画、アダルトビデオなど、かねてから日本で「エロ」と括られてきた文化は先鋭的な表現の受け皿として機能してきた。エロさえ満たしていれば何をやってもいい、そんな緩さが個性的な作家性を保護してきたのである。
エロマンガもまた、そんなユニークな現場の一つだった。しかし、度重なる規制やデジタル化の波によって、エロマンガという形態は変化を余儀なくされている。こんな時代になお、エロを描き出す絵師たちにはどんな信念があるのか? 『エロマンガノゲンバ』(稀見理都/三才ブックス)は28人のマンガ家と1人のハガキ職人が、エロマンガへの思いを語り明かしたインタビュー集である。
少しでも多くの人にエロマンガのポテンシャルを知ってもらいたい、インタビュアーの稀見氏の願いによって実現したインタビューの数々には、森山塔(山本直樹)、田中ユタカ、甘詰留太といった一般誌でもヒット作を飛ばしているビッグネームも交じっている。長年にわたりエロマンガ界を取材してきた稀見氏だけに、インタビュー対象となるマンガ家たちからの信頼は厚い。誰もが饒舌に、ときとして熱血に思えるほどの言葉を紡いでいく。
90年代以前にデビューしたベテラン、という共通点を持つマンガ家たちは口々にデビュー当時の「自由さ」を懐かしむ。中には、世間一般でのエロの基準からかけ離れた表現すら、面白ければ許してくれた媒体もあったという。『ペンギンクラブ』『レモンピープル』『キャンディータイム』…中には廃刊したエロマンガ雑誌もあるが、これらの媒体がエキセントリックなマンガ表現を先導していた時代があったのだ。
森山塔(山本直樹)、うたたねひろゆきなどが商業的にも大成功を収め、一般誌との掛け持ちも珍しくなくなるほど才能の宝庫だったエロマンガ業界。うたたねひろゆきに関しては出版社の重版記録を更新し、刷りすぎて版が壊れたという伝説も語られる。そんな業界に大きな転機が訪れたのは1990年前後から。宮崎勤が逮捕された東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件と、アダルトゲームメーカーが摘発された沙織事件の余波を受け、エロマンガ業界への世間の風当たりが強くなったのだ。これまでは自由な環境で作家性を追求してきたマンガ家たちも、自主規制を強いられるようになる。マンガに限らず、アダルト文化全般への偏見は今日まで続いているといえるだろう。
また、時代の流れと共に即物的なエロマンガが好まれるようになり、ストーリー度外視でエロを描写する注文が増えたこともベテランマンガ家たちをうんざりさせている。「アヘ顔ピース」「断面図」といった流行のシチュエーションを、文脈無視で求められる風潮への問題提起が本書ではなされていく。
しかし、基本的なマンガ家たちのトーンは力強く、前向きだ。20年以上も業界をサバイブしてきた彼らの自負が言葉に説得力をもたらす。そう、本書は一流のプロフェッショナルが繰り出すパンチラインに、思いがけず心を打たれる一冊でもあるのだ。
「マンガを描かない」という選択肢は私にはありません。がぁさん
実体験として愛する人とのセックスは一生涯のなかでも絶対にベスト5に入る感動の体験ですよね。愛の感動として描くことの方が本当だと思うのです。田中ユタカ
性欲は年齢と共に減退するし、マンガを描ききるための体力も落ちてくる。事実、本書に登場するマンガ家の何人かは心身の病気を抱えながら生活しているという。それでも、エロという人間の生命力の集約にこだわって創作を続けるマンガ家たちのあくなき向上心には、深い感動を覚えてしまう。
なお、本書にはエロマンガ家たちのデビューや営業活動の裏話も満載。編集部に遊びに行ったり、飲み会を断らないようにしたり、意外とアクティブなエロマンガ家たちの実態から、社会人のあなたが学ぶべき点も多いかも?
文=石塚就一