いまだ癒えぬ「地下鉄サリン事件」の傷あと――フランス人作家が『MATSUMOTO』で描いた宗教とテロリズムとは
更新日:2017/3/21
1995年3月20日、この日付から世界初の化学兵器によるテロ事件「地下鉄サリン事件」を想起した人もいるだろう。逃げ場のない通勤ラッシュの地下鉄の車両内に猛毒のサリンガスが撒かれ、多くの死傷者を出した凶悪事件。事件の犯人は宗教団体として異質な存在感を放っていた、新興宗教「オウム真理教」の信者と尊師と呼ばれる元教団教祖・松本智津夫死刑囚……。
日本のみならず世界中が震撼した地下鉄サリン事件だが、『MATSUMOTO』(LF・ボレ:著、原正人:訳、フィリップ・ニクルー:画 /誠文堂新光社)は、地下鉄サリン事件が起こる前年の1994年6月27日に、長野県松本市で起こった松本サリン事件をモデルに描いた作品だ。
同作は、とある新興宗教に入信した男・カムイ、松本市在住の金物屋の店主、ナイトクラブDJなど、加害者、被害者、容疑をかけられた被害者それぞれの視点から松本サリン事件発生の前とその後、地下鉄サリン事件の当日までを描く。あくまで「クリエイトした< 物語> です」と作者が語っているが、人の人生を狂わせた者、狂わされた者それぞれの視点が、客観的に描かれておりドキュメンタリーのようにも捉えられる作品だ。
原作者LF・ボレ氏は、同書の巻末インタビューで、松本サリン事件を題材に選んだ理由を以下のように語っている。
「最初は東京の地下鉄サリン事件から描き始めようとしたのですが、色々調べている過程で、その1年前に小さな松本という街で、同じ人々が同じようなパターンで、街にサリンガスをばら撒いていたことを知って、松本サリン事件の話を中心に持ってきました。東京でのサリン事件のことは最後にさわり程度しか描いていないですが『これが端緒となった事件なんだ』とわかる、そういう構成にしました」
作者のLF・ボレ氏はフランス人。そのため、松本サリン事件については海外での報道はされていなかったのだろう。一方で、世界でも大々的にニュースとして扱われた地下鉄サリン事件については、フランスは東京と同じように地下鉄が発達している国であることに触れ「フランスの人の誰もがこの本を見ればあの時のオウムの地下鉄の事件だということがわかるくらい、確かに記憶しています」と語る。地下鉄サリン事件やそれに関連するオウム真理教という宗教団体の特異さ、それぞれの要素は日本国外にも、大きな衝撃を与えていたことがよくわかる。
地下鉄サリン事件の序章ともいうべき「松本サリン事件」には、テロリズムをはじめ警察の捜査の過ちや過剰なマスコミの報道など、さまざまな問題が複雑に絡み合っている。時が経とうとも、忘れてはならない、忘れられない事件であることを再認識させられる一冊だった。
文=真島加代(清談社)
MATSUMOTO by Laurent Frédéric Bollée & Philippe Nicloux © Editions Glénat 2015 by Laurent Frédéric Bollée & Philippe Nicloux – ALL RIGHTS RESERVED