「トランスジェンダーは悩みのひとつでしかない」当事者が描く女子バスケマンガ『ECHOES』で伝えたいこととは?【歩さんインタビュー後編】
公開日:2017/3/22
昨年開催された第7回『このマンガがすごい!』大賞で最優秀賞に輝いた『ECHOES』(歩/宝島社)。“女子バスケ”に打ち込むトランスジェンダーの青(せい)を主人公に、チームメイトたちの葛藤を描いた力作だ。作者である歩さんのインタビュー後編では、作品にこめた想いについて迫っていこう。
【前編はこちら】https://develop.ddnavi.com/news/361920/a/
◆トランスジェンダーは悩みのひとつでしかない
本作の主人公・青は幼い頃から周囲と自分との違いを自覚していた。その根底にあるのが、「トランスジェンダー」という悩みだ。これは、歩さんの実体験に基づき描かれている。しかし、歩さんはこう口にする。「トランスジェンダーは、みんなが抱える悩みのひとつでしかないんです」。
歩さん(以下、敬称略)「トランスジェンダーのようなセクシュアルマイノリティをテーマにした作品って、どうしても破滅的で重い内容になってしまいがちなんですけど、ぼくはそうしたくなかったんです。青は自分がみんなと違うことで悩んでますけど、それはみんなに共通すること。性の悩みに限らず、誰もがいろんなことで悩んでいて、それって並列だと思うんです」
将来の夢や友人関係、好きなひとのこと……。10代の悩みはさまざまだが、歩さんからすると、トランスジェンダーという問題もそれと同様だという。だからこそ、本作ではそこだけにスポットライトが当たるような描き方はしなかった。チームメイト・飛鳥が抱える孤独感、猛獣のようなキャプテンが荒れる理由、飄々とした葉月が抱く想い。みんなそれぞれになにかしらの事情を持っている。青の悩みの、そのひとつでしかないのだ。
けれど、自身の性を明かして本作を描くのに恐怖がなかったわけではない。
歩「そもそも、中学生の頃に本作の原案を考えていた時には青のトランスジェンダーっていう設定はなかったんです。それが加わったのは、大人になってから。その設定を加えることで、自分が経験してきたことや気づいたことが表現できると思ったんです。そして、決して悲劇的ではなく、そういう人たちはもっと普通に存在しているってことを伝えたかった。それが決定打でしたね。もちろん、恐怖はありました。本作を描く前、頭の中を整理するために企画書を作ったんですけど、『本当に描くんだな』って実感して怖くなりました。だけど、個人的な感情を通り越して、『それでも描きたい』という想いが強かったんです」
「それでも描きたい」。歩さんの強い想いは、本作の随所に滲み出ている。第3話のタイトルにもなっている「はぐれ者たち」もその想いが結晶化されたものだろう。
歩「高校生だった頃は自分のセクシュアリティについて自覚していなかったんですけど、それでも周りと違うってことはわかっていました。それが孤独感にもつながっていたと思います」
◆誰だって“はぐれ者”になり得る
しかし、はぐれ者“たち”とあるように、トランスジェンダーの人だけが社会からはみ出すわけではなく、誰しもはぐれ者になり得るのだ。
そして、はぐれ者たちはみな居場所を探し求める。青も飛鳥もキャプテンも葉月も、なにかしら問題を抱える子たちは、バスケのフィールドに自分の居場所を見出し、そこで輝き出す。
歩「自分が何者かとか、世間体がどうとか、そういったことを忘れられる場所が“居場所”なんだと思うんです。実際、バスケをしている時って、男も女も関係ないんですよね。コートに立ったらただの選手でしかなくて、すごく平等なんです。ぼくにとっては、そういう場所こそが居場所なんだと思っています」
本作のラスト、飛鳥が青のことを名前で呼ぶシーンがある。そこで青は「いま名前呼んだよね?」と涙を流すのだが、名前で呼んでもらうこと、すなわち存在を認めてもらうことに意味があることを痛感させられる感動的な場面だ。歩さんは「そこは無意識で描いている部分も大きいと」恥ずかしそうに笑ってみせたが、彼がこれまでに経験してきたことの集大成とも言えるのではないだろうか。性別や肩書にとらわれず、その人がその人であることを認める。そんな大事なことを、青たちの青春を通して描いてくれているのだ。
最後に今後の展望を問うと、歩さんは遠慮がちにこう話してくれた。
歩「本作以外にもいろいろ構想はあるんですけど、やっぱりいまはこの作品の長編を描きたいという想いが強いです。それを描かないのは罪だとも思っていますし。青たちの姿を描くことで、元気づけられる人もいると思いますしね」
トランスジェンダー当事者が描く、女子バスケマンガ『ECHOES』。そのタイトルにこめられた想いが反響していき、やがては青のように悩む子たちの救いになる。本作は、そんな未来を予感させる名作だ。
取材・文=五十嵐 大