大手企業で相次ぐ「労災」問題。私たちの労働環境を守る「労働基準監督官」の実態とは

社会

公開日:2017/3/24

『労基署は見ている。』(原論/日本経済新聞出版社)

 電通、三菱電機、パナソニック……大手企業で相次ぐ「労災問題」。政府が基準に考えている「残業100時間未満」も「過労死ライン」と言われ、賛否両論があるようだ。

 そんな時代だからこそ、行政や会社まかせではなく、「これからの働き方」は、もっと自主的に考えた方がいいのではないだろうか? そこで私は、労働基準監督官として労働基準局に勤務していた著者の『労基署は見ている。』(原論/日本経済新聞出版社)をおススメする。

「労働基準監督官の目線で見る職場環境を理解していただくことで、現在お勤めの会社や経営されている会社が、より良い方向性に向かっていく一助になれば」と、著者が情熱をかけて全うしていた「監督官」という仕事、考え方などを豊富なエピソードと共に紹介している本書。実際に勤務した人だからこそ分かる「実態」は、ドキュメンタリー番組のような読み応えがあった。

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 労働基準監督官(略して「監督官」)とは、厚生労働省所属の国家公務員のことだ。監督官として採用された後は、全国の労働基準監督署に配属される。(一般的に「労基署」と呼ばれているが、内部の人間は「監督署」と略す)。

 仕事内容をざっくり説明してしまうと「企業の労働環境・条件に違法はないか、良好に保たれているか」を「指導・是正」すること。そのため、監督官は「働くこと」に関する様々な法律や、安全衛生に関する幅広い知識が必要とされ、死亡事故の災害調査なども行う。実際に企業(「事業場」と呼ぶ)を訪問することが基本的な仕事なので外出が多い一方、司法事件を処理するための書類を作成したりと、デスクワークもしている。

 また、チーム制ではなく原則一人で仕事を処理し、監督する事業場の数にノルマも存在する。さらに、労働現場で問題が見つかった際には、その責任者に指導を行う。中には従業員の賃金を未払いのまま逃亡したり、労災を隠蔽したりと、一筋縄ではいかない経営者もいるのだが、どんな時でも毅然とした態度で応じなければならない。高いコミュニケーション能力や臨機応変さが必要な職務である。労災が起こった現場で、ダンプカーに轢かれた被災者の遺体を見ることもあったそうだ(第2章「職場の安全と健康を守る」に詳細が書かれているが、結構ショッキングな内容だった……)。

 読んでいて、率直に「大変だな」と感じた。誰でもできる仕事ではないと思う。
 だが、著者の原論さんはそういった「困難な状況」や「労災による人の死」に直面した時、一層「仕事へのやりがい」を感じるようだ。「働く人が安心して安全に働く職場環境をつくることを目指す」という信条を持ち、現在も同じ想いで、社会保険労務士として活躍している。

 現在、「働き方」は大きく変わろうとしている。行政も動き出した今、「過重労働対策」は企業にとって避けては通れないだろうし、いわゆる「ブラック企業」の情報は「申告常習事業場」としてマークされている。

 変化していく「働き方」を見つめ直すためにも、労基署の実情を知っておくことは、ムダではないのではないだろうか? 日経プレミアの『◯◯は見ている。』シリーズは私の大好きな企画なのだが、本書もやはり、読んで損のない一冊だった。

文=雨野裾