細田守監督との新エピソードも!「理屈よりエモーショナル。最近のトレンド感を盛り込んだ」『劇場版SAO』伊藤智彦監督インタビュー

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公開日:2017/3/24

 『劇場版 ソードアート・オンライン オーディナル・スケール』が大ヒットしている。2月18日の公開から2日間で興行収入4億円を超え、3月18日時点で10億円を突破。「『ラブライブ!』や『魔法少女まどか☆マギカ』を超えた!」とアニメファンの間で話題になっている。

 川原 礫氏の小説をもとにしたテレビアニメ『ソードアート・オンライン』は、VR(仮想現実)をベースにしたゲームが次々と登場。その中で、主人公・キリトをはじめとする魅力的な登場人物たちが活躍。キリトがヒロインのアスナと結婚するという、ファンタジー作品ではあまり見られないリアルなラブストーリーも特徴の1つとなり、人気を博した。

 劇場版は、AR(拡張現実)を用いたゲームを舞台に「完全新作」として公開。監督はテレビシリーズに続いて伊藤智彦氏が担当し、自身初のアニメ映画監督作品となった。『君の名は。』『この世界の片隅に』などのヒットでアニメ映画ブームと言われる中、本作が多くの人に求められた要因とは? そして、ヒットに導いた伊藤智彦監督とはどんな人物なのか。同氏のインタビューから探ってみた。

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テレビシリーズのファンが喜んでくれる仕上がりを目指した

――劇場版のヒットは期待通りですか。それとも期待以上ですか。

伊藤智彦監督(以下、伊藤):期待通り…とも言えますね。(配給の)アニプレックス内の思惑がどこに向いていたのかわかりませんが、興行収入は「最低15億」と言われていて、もうそのラインは超えましたが、「20億を目指せ!」という意見が大半を占めていたので、俺は常にプレッシャーにさらされていました。とりあえず今は、みなさんの要望に応えられたのかなと、ほっとしてます。

――映画を作る上で、興行収入というのはやはり大きな指標となりますか?

伊藤:プロジェクトとしての成功ポイント、達成ポイントはそれぞれですけど、目標に対して興行収入は、唯一曖昧でない、分かりやすい指標だとは言えますね。

――公開から約1ヶ月経った今、ヒットに結びついた理由は何だと考えますか?

伊藤:『ソードアート・オンライン』をテレビシリーズから好きでいてくれた人が、ちゃんと満足してくれたことが大きいんじゃないかと。「すっごく満足したよ!」っていう声を上げてくれたから、周りの人も興味を持って観てくれて、それからテレビシリーズを見返す人がいるかもしれないし、「こんなもんか」って言われることもままありますけど。

――そういった声をチェックしたんですか?

伊藤:今回はけっこうエゴサーチしましたね(笑)。意外だったのは、こう作っていたはずなのに、そう観られていないというのが、いい結果を生んでいること。具体的には言いませんが、こちらの想定していなかった物語をそれぞれで補完してもらっているシーンがあったりします。まあ、これが映画の広がりかな、と思い、それはそれでいいかなと。そういう反応が嬉しかったので、明確な答えは今後言わないようにしようと。

――エイジに関しては、キリトと敵対するシーンもありますが、最後まで観ていくと敵とは思えないと、キリト役の松岡禎丞さんもおっしゃっていました。

伊藤:設定上、そこまで分かりやすい悪にはならないだろうとは思っていました。原作やテレビシリーズには、オベイロンや死銃と分かりやすい悪党が登場しているので、『ソードアート・オンライン』好きの人たちの間では「食い足りない」という声もありますけど。

――興行収入において、深夜アニメ系と言われる劇場版と比べる声もあります。制作過程でそのあたりの作品を意識するようなことは?

伊藤:あんまりないですね。ただ『魔法少女まどか☆マギカ』の劇場版と共通項としてありそうなのは、やはりテレビシリーズをちゃんと観てくれた人が楽しめる作りになっているから、そういう数字が出ているのだろうと。劇場版まどマギはけっこう難解な話なので、そこに関しては首を傾げたんですけど、テレビシリーズで観られなかったものを観せてくれた感じを強く受けてグッときたし、テレビシリーズの続きを観られることでみんなの幸せ感は強まるだろうと。そこは重要かなと思いながら作ってました。

――テレビシリーズを観ていたファンのために入れた要素はどんなことですか。

伊藤:この企画が動き出した時に、原作の川原さんやプロデューサー陣に「何が観たいのか1個ずつ教えて」と。10人から意見をもらって、それがほぼ叶っているはずなんです。唯一叶えられなかったのは、アスナと直葉がキリトを取り合うために戦うというアイデア。要素として強すぎるし、そのあと原作にどう続けばいいのかという感じがあったので、入らないかな…と。

――物語を原作に続けられることも念頭に置かれているのですね。

伊藤:いわゆる長編シリーズの劇場版だと、それが一体どこの時間軸に入っているんだろうって、子どもの時から不思議だったんですよ。『ドラゴンボール』の劇場版に出てきた敵が、一体どこから来てるんだろうと。まあ、フリーザより弱いから大したことないな…とか。そう思っちゃうと、全然乗れないので(笑)。原作に明確に繋げられる話にするべきだし、ファンのみんなもきっとそうだろうと思いまして。

――たしかに、劇場版はテレビシリーズの第2期から2週間後、という明確な時間軸がありました。やはり、作品はファンあってのもの、という意識は強いですか?

伊藤:やっぱりアニメが続けられるのは、ファンのみなさんがいて、パッケージを買って頂いたり、配信を見て頂いているからであって。言ってしまえば、株式を購入してくださっている人たちに利益を出さないと。利益というのはこの場合、満足度ということになりますけど。その満足度を上げるのが俺の仕事なので、作品を波及させるのはそれ以降ですよ。漠然とした“一般層”という謎のキーワードに引っ張られてはいけないということですね。

――そうでしたか。興行収入の伸び方から、その“一般層”に向けた要素も入れたのではと思ってしまいました。

伊藤:結果論ですね。もとのファンの人たちの影響で、その周りの人が興味を持ってくれている。まあ、俺はまだそこに至っていないと思っていますけど。単純に、世の中のアニメ好きがちょっとずつ増えて、若干パイが増えているように錯覚してるんじゃないですかね。そこに『君の名は。』の影響は非常に大きいと思いますけど。

『サマーウォーズ』細田守監督との間に事件が勃発!?

――アニメ映画の初監督というところで、テレビアニメの監督と違う苦労はありましたか。

伊藤:完成した時のビジョンが誰にも分からないというところ。監督である俺はそれなりにイメージするんですけど、そのビジョンを誰とも俺の思っているゾーンまで完璧に共有できないことがしんどいですね。

――逆に、楽しめた点とは。

伊藤:無事終わって良かったという一言ですね。プレッシャーとの戦いなので。その瞬間瞬間で良かった、ここはうまくいったっていうポイントもありますが、完成しなかったらどうしようもない。映画だって公開できなくなる可能性があるんですよ。その恐怖との戦いですね。実際、俺は制作中に救急車で運ばれましたから(笑)。A-1 Picturesのプロデューサーも一時入院してましたし。そういう現場でした。

――壮絶ですね。細田守監督作品『時をかける少女』や『サマーウォーズ』で助監督をしている時との違いは感じましたか?

伊藤:助監督はあくまで監督のバックアップをすればいいという面で、責任の所在が違うんですね。監督の言うように手を動かしていればいいんですから。ただ当時は、その裏にある想いが全く分からなかったので、ひょっとしたら監督は、満足していないけどOKすることもあったのかな、と思います。それを考えると、よく俺はバカなことを言ってたなあと思います。

――細田監督にどんなことを?

伊藤:それに関しては、細田守氏は根が深いと言いますか…。「なぜ2006年に『時かけ』をやるんですか。しかもアニメで」と聞いた時のことを10年経った今でも覚えてるんですよね。最初に会った時、「よろしくお願いします。ところで…」と疑問に思ったことを聞いただけなんですけど。「その時代、時代の『時かけ』はあるんだよ、伊藤!」と言われた気がするんですけど、その後に酒を飲んでいる時に「伊藤はあの時、こんな風に言ったろ」と。意外に気になるところをピンポイントでついたかもしれませんね。監督という立場になって、僕もそういうツッコミを受けたらどう答えようと考えることもあります。

――伊藤監督の第一印象は忘れられないものになったでしょうね。2作目の『サマーウォーズ』では、細田監督ともっと密接な関係に?

伊藤:当時はマッドハウスの社員だったんですけど、『サマーウォーズ』の現場があまり動いていなかったのでサマーウォーズ部屋に顔を出さずにいたら、「おい伊藤、おまえ全然来ないじゃないか。どうなってるんだ。おろすぞ!」って言われて、「すみません、今から行きます!」と。肝を冷やしましたね。

――(笑)。その2作の助監督を務めた後は、テレビアニメの監督としてデビューされています。そもそも「細田監督の弟子だった」と言われていますが、その経緯とは。

伊藤:弟子といっても手取り足取り教えてもらうわけではないですし、細田監督作品に助監督としてついたことくらいしか証明にならないんですけど。もともとは『デジモンアドベンチャー ぼくらのウォーゲーム!』という作品が好きで、その監督がマッドハウスに来て監督をするらしいぞっていうのを聞いて、ぜひ参加させてほしいと話をしたところ、現スタジオ地図・当時マッドハウスプロデューサーの斎藤優一郎氏に「じゃあやってみれば」という話をされ、当時持っていた仕事を捨てて細田組に加入させてもらったんです。

――昨今アニメ映画ブームと言われる中、意識している作品はありますか?

伊藤:『君の名は。』みたいにロングランで収益が続く作品を作ってみたいですけどね(笑)。言ってしまえばドリームじゃないですか。関わったみんながみんな結果を得られるわけではないし、いっぱい儲けられる作品がいいですね。

――これからまた積極的にアニメ映画を作っていきたいという想いは?

伊藤:オファーがあれば。俺はテレビアニメも好きなので、劇場作品と両方やりたいと思うんですけど、完全にタイプとしては作家ではなく演出家なので。面白い話や面白い脚本があればという感じでしょうか。ただ、イチからオリジナルで作ってみたいわけではないです。

――作品を選んでいきたいですか?

伊藤:押井 守監督は虚構と現実の話を延々やり続けていますし、新海 誠監督は遠いところにいる男女が離れていくさま、もしくは近づいていくさまを延々とやり続けているんですけど、俺にはそういう強いモチーフがないので、時々にあった興味があるモチーフを選んで長くやっていきたいという想いはありますね。

――毎回違うタイプの作品に携わる可能性もあるわけですね。

伊藤:全部が全部、好きなもので固めてもダメだと思うので、例えば作品に3つの要素があるとして、その1/3にでも好きなものをこそっと入れられればいいなと思ってるんですよ。『ソードアート・オンライン』で言えば、「キリトくんが超強い」「キリトくんとアスナのラブ」、あとは「新しいテクノロジーのゲーム」。俺は新しいテクノロジーが好きなので、そのあたりで趣味を入れられれば、と思ってました。ちょっとした未来話や、SFに繋がる部分が好きなジャンルです。テレビシリーズですが、『僕だけがいない街』では、過去の自分と現在の自分が出てくる話が俺は好きだな、とか。

――伊藤監督のアニメ映画第1弾、これからまた多くの人が観に行くと思います。

伊藤:この作品には、最近の若い子のトレンド感みたいなものが入っているんじゃないかと思います。ジャンル感といいますか。『君の名は。』にも通底する適度なご都合主義、理屈よりエモーショナルを優先するような。この傾向は去年(2016年)あたりから目立つようになってきているんじゃないかなと思います。特に若い子たちがそのことに敏感で、『君の名は。』あたりを高く評価しているんじゃないかと。例えば、娘とお母さんといった組み合わせで観に行くと、話のネタになるかもしれません。

 “深夜アニメ発”とも言われる映画作品の流れに新たな記録を刻んだ本作。その勝因は、ファンの想いに応えたいという、誠実とも言えるストレートな想いにあったようだ。そこには伊藤監督が着実に積み上げてきた経験と実力が反映されており、本作でその“伊藤流”が世の中に知れ渡ることにもなった。時代を嗅ぎ分ける嗅覚と確かな手腕で、今後はどんな題材を選び、どう調理していくのか? また新たな風をアニメ映画業界に吹き込んでくれるに違いない。

取材・文=麻布たぬ、撮影=山本哲也

『劇場版 ソードアート・オンライン オーディナル・スケール』全国ロードショー
劇場版公式サイト

【PROFILE】
いとう ともひこ
1978年10月20日生まれ。愛知県出身。アニメ制作会社・マッドハウスの所属中から、さまざまな作品に参加。細田守監督作品『時をかける少女』(2006年)、『サマーウォーズ』(SP2009年)で助監督を務め、2010年に『世紀末オカルト学院』でアニメ監督デビュー。他に、テレビアニメの監督作は『ソードアート・オンライン』『ソードアート・オンラインII』『銀の匙 Silver Spoon(一期)』『僕だけがいない街』。

【STAFF】
原作:川原 礫(SPKADOKAWA アスキー・メディアワークス刊)/原作イラスト・キャラクターデザイン原案:abec
監督:伊藤智彦 /脚本:川原 礫・伊藤智彦/キャラクターデザイン・総作画監督:足立慎吾/モンスターデザイン: 柳 隆太/プロップデザイン:西口智也/UI デザイン:ワツジサトシ/美術監督:長島孝幸/美術監修:竹田悠介/美術設定:塩澤良憲/色彩設計:橋本 賢/コンセプトアート:堀 壮太郎/撮影監督:脇 顯太朗/CG 監督:雲藤隆太 /編集:西山 茂/音響監督:岩浪美和/音楽:梶浦由記
制作:A-1 Pictures 配給:アニプレックス 製作:SAO MOVIE Project

【CAST】
キリト(桐ヶ谷和人):松岡禎丞/アスナ(結城明日奈):戸松遥/ユイ:伊藤かな恵/リーファ(桐ヶ谷直葉):竹達彩奈/シリカ(綾野珪子):日高里菜/リズベット(篠崎里香):高垣彩陽/ シノン(朝田詩乃 ):沢城みゆき/クライン(壷井遼太郎):平田広明/エギル(アンドリュー・ギルバート・ミルズ):安元洋貴/茅場晶彦:山寺宏一
ユナ:神田沙也加/エイジ:井上芳雄/重村:鹿賀丈史

[主題歌]
LiSA 「Catch the Moment」

(C)2016 川原 礫/KADOKAWA アスキー・メディアワークス刊/SAO MOVIE Project