お家を守れ! 剣戟と知略がたっぷり詰まった痛快時代小説『辻番奮闘記 危急』が登場!

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/12


『辻番奮闘記 危急』(上田秀人/集英社)

寛永14年、島原の乱が勃発。長引く戦いに世情は揺れ、江戸でも辻斬りが横行するようになった。島原に近く、阿蘭陀商館を領内に持つ平戸藩松浦家江戸屋敷では、幕府に疑われぬよう江戸の治安を守ることで忠誠を示そうと、剣の腕が立つ斎弦之丞、田中正太郎、志賀一蔵の3人を辻番に任命する。

ところが弦之丞と一蔵が夜回りの最中、刀を交える人影に遭遇。割って入るも捕縛した男は自決、他の賊は取り逃がした。襲われていた側も「首を突っこまれぬことだ。お家が大事ならな」と言い捨てて姿を消す。彼らが争っていた場所は、まさに乱が起こっている島原藩松倉家の前。松浦家は否応なく政争に巻き込まれて──。

本書『辻番奮闘記 危急』(上田秀人/集英社文庫)の辻番とは、武家屋敷周辺に置かれた警備担当者を指す。町方でいう自身番、つまりは屋敷回りを管轄する交番である。「辻番奮闘記」ということは交番巡査の活躍譚か──そう思って読み始めたが、予想の上を行った。これはむしろ、平戸藩、老中、奉行所与力という立場の違う三者の手に汗握る頭脳戦と呼んだ方がいい。知略を駆使した駆け引きが、とびきりエキサイティングなのだ。

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島原に遠征している幕府老中・松平信綱にとある弱みを握られ、防戦の手立てを探る平戸藩。老中5人のうち、家康・秀忠時代からの執政ふたり(土井・酒井)と家光寵臣の若い3人(松平・堀田・阿部)の間の対立。松倉家前での乱闘事件を追う奉行所与力・相生。それぞれ別の目的で動きながら、三者三様の思惑が思わぬ形で絡み合う。利用したと思ったら利用され、敵かと思えば味方、味方かと思えば敵という何重もの仕掛けに、興奮しっぱなしで一気読みだ。最後に勝つのははたして誰か。

立場も目的も違う三者を並列に描くのは、ともすれば煩雑になる。だがそこはさすが上田秀人だ。何を最も大切に思うか──藩士はお家を、幕閣は将軍あるいは天下を、町方役人は治安を──というテーマを中心に据えることで、それぞれの事件を見事につないでみせた。ハラハラドキドキの果ての見事な決着、しっかり描きこまれる歴史背景、そして余韻を残すエンディング。そこに、若くて真っ直ぐな剣客・斎弦之丞と、クセはあるが筋の通った与力の相生というキャラクターの魅力が加わり、エンターテインメントとしても磐石だ。

文庫書き下ろしの時代小説が隆盛を誇って久しいが、多く刊行されるということは、選ぶのもまた苦労するということでもある。何を読むか迷ったら、まずは本書を手にとってほしい。痛快な剣戟を望むファンも、知略謀略が好みの読者も、重厚な歴史物が好きな人も、オールラウンドに満足させてくれること間違いなし、の一冊だ。

文=大矢博子

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