英国EU離脱、トランプ大統領就任……予測できない世界情勢。「世界がバカになっている」時代を、どう生きる? 橋本治が次世代の若者へ送るメッセージ
公開日:2017/4/25
「昭和の終わりと同時に日本経済は飽和した」「貿易なんて西洋人の陰謀に過ぎない」「国民はクビにできないので、企業経営感覚の政治家は容易に差別主義者になる」……などなど、過激な発言と説得力のある発言が目を引いた『たとえ世界が終わっても その先の日本を生きる君たちへ』(橋本治/集英社)。
本書は小説、評論、エッセイなど幅広く文筆活動を行う当世の知識人、橋本治氏がイギリスのEU離脱を受けて、「じゃあ、ちょっと語ってみますか」と腰を上げた「対談本」である。
内容はイギリスEU離脱に始まり、ヨーロッパの成り立ち、日本経済の「飽和」について、トランプ大統領への疑問といった政治・経済に切り込みながら、≪若者は頭の中に「社会」がある≫≪正義とは「損得で物事を判断しない」ということ≫といった、観念的な内容にまで及んでいる。
これだけ書くと、難しそうな内容に思われたかもしれないが、本書は「対談本」なので、想像していたよりもはるかに読みやすく、政治・経済に予備知識がなくてもスッと頭に入ってくる。対談の相手が50代のフリーライターと30代前半の編集者なのも大きな要因だろう。
60代後半の知識人である橋本氏の説明に「え、ちょっと待ってください」と疑問を投げかけてくれる若者代表編集者と、「つまり、こういうことですよね?」とまとめてくれる中堅フリーライターの存在が大きい。もちろん、橋本氏も相手を見ながら話しているので、分かりづらそうな部分はかみ砕いて説明してくれている。
たとえばイギリスのEU離脱について。
「やっぱり大きいものは無理なんだな」という橋本氏の感想から始まる。
「経済圏は大きければ大きいほど有利で、大きければ勝者になれる」という考え方が世界の共通認識として根強くあるそうだ。だが、実際はアメリカで起こった史上最大規模の株価大暴落「ブラックマンデー」やソ連の社会主義経済の崩壊や、世界一の経済大国となった日本のバブル崩壊など、「大きいもの」や「大きくなろうとしたもの」の≪限界≫が明らかになっていると橋本氏は話す。
そもそもEUは「大きな経済圏を作って儲けよう」という志から始まったが、「それほど豊かではないけど先進国という国」を吸収した結果、「あんまり頑張りようのない国々が徐々に入って来て」「貧乏人の互助会」のようになってしまったのこと。
そこで、問題が起こった国の尻拭いをさせられるのに不満を持つ人々や、「東欧や中東からの移民がどんどん流れ込んで、仕事を奪われたり、自分たちの生活が脅かされるのがイヤだ!」「そんなEUに拠出金なんか払いたくない」と考える人々が出てきて、イギリスのEU離脱に繋がるそうだ。
論理的には「不法移民やイスラム教徒を国内に入れるな。不法移民に職を奪われた白人労働者に仕事を取り戻せ」「世界の安全なんてことを考えて余分な金を使うな」と訴えるトランプ大統領と同じものだとか。
つまり、イギリスのEU離脱が象徴するのは「大きなものはもうダメだ」ということ。
グローバル社会と言われて早十数年経った。私の学生時代は、インターネットで世界が繋がっていく様子を肌身に感じていたし、EUは安定していた(そう見えただけかもしれないが)。TPPの話も出ていて、「世界が仲良く一つにまとまる予感」のようなものを感じていた。
だが現状、世界はどんどん混乱して、排他的になっているように感じる。イギリスのEU離脱しかり、トランプ大統領しかり、イスラム教徒の移民問題しかり……。
確実に、想像していた楽観的な未来ではなくなっている今、本書は「過去はこうなった。現在はこういう状況。だから未来はこうなるかも?」という、一つの道筋を示してくれている。
色々なことを教えてもらった。内容の「濃さ」は、今まで読んだ本の中で一、二を争うかもしれない。素晴らしい良書だった。
文=雨野裾