ビールの街・恵比寿は、なぜ「住みたい街」1位になったのか? 『首都圏「街」格差』【連載】第3話
更新日:2017/4/20
毎年注目される、不動産情報サイトや雑誌の特集で発表される「住みたい街ランキング」。そこに登場する「街」は本当に住み良いところなのか? 人気はずっと続くのか? これからランクアップする「穴場」はどこか? そんな「住みたい街」の正体をあばく文庫本『首都圏「街」格差』が好評発売中! いま首都圏で話題となっている様々な「街」をテーマ別に選定し、現地での観測調査と統計資料を使いながら実態をあぶり出していきます。
最も勢いのある「住みたい街」
2016年のランキングでは、吉祥寺の牙城を崩して「住みたい街1位」を奪取、いま最も勢いのある街が恵比寿だろう。恵比寿といえば観光名所になっている「恵比寿ガーデンプレイス」。ガーデンプレイス入口のあたりには「ビヤステーション恵比寿」がある。
ビヤステーションが開業したのは、バブル景気が始まった頃の昭和60年(1985)。情報誌や女性誌の記事によく紹介されるようになり、デートスポットとして脚光を浴びた。それ以前の恵比寿は、近隣の渋谷の陰に隠れて目立たない地味な街だったのだが、ビヤステーションの誕生で注目が集まるようになっていった。
ビールの工場の街として発展
三田用水の恩恵をうけて水田が広がる農村に、明治22年(1889)、ドイツ人醸造技師を招いて日本麦酒醸造会社ビール工場が竣工された。ビールの商標には、七福神の恵比寿様に由来した縁起の良い「恵比寿」の名が採用された。
明治34年(1901)には、工場の隣接地にビール出荷専用の駅ができる。駅名もビール同様「恵比寿駅」と付けられた。付近にはビール工場で働く人々が多く住み、駅前に形成された商店街もビール工場の関係者がお得意さま。ビール工場の「企業城下町」だった。
戦後、恵比寿のビール工場はサッポロホールディングスの前身である日本麦酒が所有することになった。中心ブランドは「サッポロ」だが、通好みの「恵比寿ビール」は「ヱビスビール」として首都圏だけで少数販売されながら生き残る。恵比寿駅もまた、山手線の中では比較的地味な駅として名称変更もされずに生き残りつづけた。
やがてバブル景気の高級志向のなかで、麦芽100パーセントの「ヱビスビール」が注目されるようになる。首都圏限定という希少性も、急に増えた自称「食通」の人々の琴線に触れたのだろう。売れ行きは急上昇。ビヤステーションの開業で恵比寿という街が注目されるようになった頃と、ほぼ同時期だった。「ヱビス」のブランドが細々と維持してきた「高級」「本物志向」といったイメージは、確実にこの街のイメージづくりに影響を与えていた。
治安の良さが大きな魅力
また、恵比寿には「安全」という住まい選びのうえでの絶対的な魅力がある。恵比寿は都内でも1、2を争うほど治安の良い場所だ。恵比寿駅東口のある恵比寿四丁目で年間に発生する犯罪はおおよそ30件前後。大勢の人が流入する山手線と地下鉄の乗換駅、駅前の繁華街もそれなりに大きい。その条件下では、ありえないほどの犯罪発生件数の少なさだ。
ちなみに吉祥寺のある武蔵野市では、2016年に2,587件の犯罪発生件数を数え、東京都下にある26市中で最も高い犯罪発生率を記録している。治安が悪そうなイメージのある足立区や江戸川区よりも、じつは犯罪発生率が高いのだ。2013年には吉祥寺の路上で、強盗殺人事件も発生。この事件がテレビのニュースや新聞で大きく扱われたことで、「吉祥寺ってけっこう危ない街だったのね」と、住みたい街のイメージの裏側に潜む危険な真実が、人々に知られることになった。こういった印象の変化が、吉祥寺から恵比寿に「住みたい街ランキング」1位の座を移動させたのかもしれない。
首都圏「街」格差研究会●首都圏で「住みたい街」として人気の各街の実態を、フィールドワークや収集したデータをもとにして研究している集団。
青山誠●大阪芸術大学卒業。ウェブサイト「BizAiA!」で『カフェから見るアジア』を連載中。著書に『江戸三〇〇藩 城下町をゆく』(双葉新書)などがある。