リンクする2つの物語「警視庁公安J」シリーズ・「警視庁組対特捜K」シリーズ【鈴峰紅也インタビュー】
更新日:2017/11/12
リンクする2つの物語 「警視庁公安J」シリーズ 「警視庁組対特捜K」シリーズ「J」こと小日向純也は、現職総理の息子にして傭兵経験のあるエリート公安捜査官。
「K」こと東堂絆は、警視庁の若きホープであり、剣の道を極めた現代の達人。
規格外のニューヒーローが巨悪に立ち向かう、二つのシリーズが人気を集めている。警察小説の新旗手・鈴峯紅也さんに話をうかがった。
すずみね・こうや●1964年生まれ。ライターを約20年続けたのち、2015年に『警視庁公安J』で警察小説作家としてデビュー。2016年には『警視庁組対特捜K』を刊行し、人気を集めている。詳細非公開の覆面作家。
警察小説界に、期待の新星が現れた。鈴峯紅也さんは、ライター歴20年を誇るベテラン。2015年『警視庁公安J』でデビューすると瞬く間に人気に火がつき、2017年に徳間文庫大賞を受賞するほどのヒットとなった。続く『警視庁組対特捜K』も、たちまちブレイク。両作品ともシリーズ化し、それぞれ3巻まで発売されている。
「旧知の編集者に声をかけられて警察小説を書きましたが、実を言えば警察組織にはあまり詳しくありませんでした。そこで膨大な資料を読み、知識を深めることに。その際感じたのは、押さえるべきところさえ押さえれば、何を書いてもいいということ。私は以前、歴史ものの記事を執筆するにあたり、様々な史料を読みました。でも、歴史書は勝者が作るものですから、鵜呑みにはできないんです。同様に、警察組織に関しても資料に残っていないこと、表に出ていないことがきっとあるはず。そこで、押さえるべきところは押さえつつ、“何でもアリ”の警察小説を書くことにしました」
鈴峯さんが話すとおり、『警視庁公安J』も『警視庁組対特捜K』も、とにかく主人公の設定が突き抜けている。Jこと小日向純也は、常人離れした危機回避能力と莫大な資産を誇る総理大臣の息子。幼少期に海外でテロに巻き込まれ、傭兵部隊に拾われた経験もある。Kこと東堂絆は、飛び抜けたカリスマ性を持つ剣の達人。気が〈観〉えるという〈自得〉の境地に達した剣豪だ。現実離れしたスーパーヒーローだが、だからこそ巨悪に立ち向かう彼らの姿に身震いするような興奮と爽快感を味わうことができる。
「他の警察小説の書き手に比べて知識や底が浅いので、警察組織という社会を書いたらみなさんに負けてしまいます。ですから、主人公には警察という社会をはみだすほどの力を持たせたかった。そのための人物像をカチッと確立させました。グーにもパーにもチョキにも勝てる力を持ち、『こいつなら何をやってもうなずける』という領域に持っていったんです。それに、友人から聞いたところによると、企業には一人ぐらいスーパーマンがいるらしいんです。証券会社なら、入社1、2年なのに大口のお客さんをつかまえて、電話1本で数億円の契約を取ってしまうスーパー証券マンがいる。ゼネコンなら、ヤクザの反対にあって工期に間に合わないという時に、フラッと現れてサッと話をまとめるスーパー監督がいる。身近なところでは、ベストセラーを見出すカリスマ書店員もそうです。となれば、警視庁の各課、各所轄にスーパースターがいてもおかしくありませんよね。それがJであり、Kなんです。嘘八百も、言い切ってしまえば勝ち。100%の嘘をブレずに書き、『こうなんだ!』と言い通すことで、はじめて通用するキャラクターだと思います」
しかし、完璧すぎるスーパーマンが活躍するだけでは、荒唐無稽な話で終わってしまう。彼らの生い立ちを深く掘り下げ、過去の傷も含めて生きざまをまるごと描いているからこそ、読者も心を揺さぶられる。
「執筆前には、主人公の生い立ちを原稿用紙250枚にわたって書きました。私が影響を受けた小説家は隆慶一郎、池波正太郎、柴田錬三郎といった、魅力的な人物が登場する時代小説の大家。先生たちのように、勝手に動くようなキャラクターを作れたらこっちのもの。むしろ、そうでないと書けないと思ったため、生い立ちを書いたんです」
主人公のみならず、敵対する悪役についても背景がしっかり描かれている。
「生まれながらにして悪いヤツはいませんから、悪事を働くにはそれなりの理由があるはずです。主人公と黒幕の戦いは、いわば生い立ちと生い立ちのぶつかり合い。どちらの信念が勝つかという戦いなんです。推理小説ではないため黒幕も早々に明かしているので、キャラクター小説として楽しんでいただければと思います」
「J」「K」に続く「Q」の物語もリンクする
「警視庁公安J」シリーズは、新興宗教や北朝鮮が絡む爆殺事件、国家要人の狙撃テロ、チャイナ・シンジケートの闇を描いた一巻完結もの。エリート公安捜査官・小日向純也と、「桃太郎」の家来よろしく彼に忠誠を誓う鳥居、犬塚、猿丸(まさに鳥、犬、猿!)とのコンビネーションも抜群だ。
一方『警視庁組対特捜K』では、非合法ドラッグ「ティアドロップ」をめぐる事件が語られる。『サンパギータ』『キルワーカー』を含めた三部作となっており、剣の達人である絆のアクションシーンも息を呑むほどの迫力にあふれている。
「「J」シリーズは“闇の中から光にあこがれる”、「K」シリーズは“光の中から闇を覗き込む”をテーマにしています。「K」シリーズでは東堂絆が光の中にいて、黒幕は闇の中から光に手を伸ばしています。が、「J」シリーズは、主人公の純也自身が闇の中にいるんです」
とはいえ、まぶしく光り輝く絆も「ティアドロップ」三部作で身近な人々の死に直面し、天性の明るさに陰りが見えつつあるようだ。4作目では絆も闇に堕ちる……なんてことはないのだろうか。
「以前読んだ時代小説によると、剣豪は人を斬れば斬るほど黒目が小さくなるそうです。ですから、一流の剣士は総じて黒目が小さいのだそう。絆も自分が殺す立場ではないにせよ、死にゆく悲しみをたくさん目にします。やがては剣豪のように、黒目が小さくなっていくのかもしれません。それを押しとどめるのが、実家のある成田で暮らす仲間たちです。4作目からは今まで以上に成田のエピソードを増やし、温かさと陰惨さのコントラストを際立たせていきたいですね」
「K」と「J」、両シリーズがリンクしているのも面白い。例えば「K」シリーズ第2作『サンパギータ』のクライマックスで、ある人物が「2年前に、人に恩を売るようなことがあった」と語る。『サンパギータ』ではその詳細は明かされないが、「J」シリーズの『ブラックチェイン』を読むと、それが何を意味していたのかが判明。「そういうことだったのか!」という驚きとともに、深い感慨を抱くこととなる。他にも「K」シリーズに純也が顔を出したり、両シリーズに共通する人物が複数登場したりするため、両方読めば「鈴峯ワールド」をさらに深く味わうことができる。
「時系列をそろえるのは大変でしたが、自分でも気持ちいいほどシンクロしました。これから読むなら、刊行順がおすすめです。『J』→『マークスマン』→『K』→『サンパギータ』→『ブラックチェイン』→『キルワーカー』の順にお楽しみください」
「J」「K」とくれば、トランプの絵札からの連想で「Q」「A」もあるのではないかと期待してしまう。そんな思いをぶつけると、鈴峯さんは「我が意を得たり」と顔をほころばせた。
「実は、すでに「Q」を執筆することが決まっています。今度の主役は監察官。『ブラックチェイン』に登場した小田垣という女性を主人公に据え、「J」「K」とリンクした話を書く予定です。とはいえ、シンクロさせるのは3作品が限界。「A」まで広げるのは難しいですね(笑)。リンクする3つの物語を、ぜひ楽しんでいただきたいです」
小日向純也「J」シリーズ
名家に生まれ、類まれな身体能力と莫大な資産を誇る小日向純也。警視庁公安部に「J分室」を構えた彼は、恋人の爆殺事件を機に、新興宗教〈天敬会〉と会が運営する愛人斡旋組織〈カフェ〉の暗部に切り込んでいく。
自衛隊観閲式のさなか、狙撃事件が発生した。犯人の狙いは警視庁公安部部長か、それとも危うく難を逃れた総理大臣か。美貌のドイツ駐在武官、ドイツ特殊部隊の男が絡み、事件は思わぬ方向へと転がっていく。
一人っ子政策に反して生まれたため、中国には戸籍を持たない〈黒孩子(ヘイハイツ)〉と呼ばれる子どもが少なからず存在する。その一部が、兵士として英才教育を受けて日本に送り込まれた。チャイナ・シンジケート「ブラックチェイン」を壊滅すべく、純也率いる「J分室」の面々が立ち上がる!
東堂 絆「K」シリーズ
銃器や薬物を扱う密売グループ、暴力団などを取り締まる警視庁組織犯罪対策部。組対特別捜査隊の一員である東堂絆は、非合法ドラッグ「ティアドロップ」の売買をめぐり、闇社会の陰謀に巻き込まれていく。
ヤクザ、半グレ、中国マフィアによる「ティアドロップ」の奪い合いが始まった。謎の探偵・片桐とコンビを組んだ絆は、鍛え抜いた剣の腕と明晰な頭脳で闇社会に立ち向かう。しかし、恋人の尚美にまで魔の手が伸び……。
事件の黒幕まであと一歩のところで、新たな刺客が送り込まれた。キルワーカー―世界を股にかけるヒットマンは、絆の教育係である金田や相棒の片桐、さらには成田で暮らす祖父や幼なじみまで窮地に追い詰める。「ティアドロップ」三部作、完結編!
取材・構成・文=野本由起 写真=川口宗道