どこまでが実話!? 芥川賞受賞後、TVに出まくりファンに手を出す“成功者K”の運命やいかに?

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/12

『成功者K』(羽田圭介/河出書房新社)

お笑い芸人、又吉直樹と同じ回で芥川賞を受賞した小説家、羽田圭介。4度のノミネートの末やっと受賞したのに、話題を完全に又吉に持って行かれてなんだかかわいそう……となるかと思いきや、なかなかどうして受賞後はバラエティ番組に出まくり、お茶の間に顔を売ることに成功。そしてこの度、自らのテレビ出演経験をもとに、小説『成功者K』(河出書房新社)を上梓した。

本作の主人公〈K〉は売れない小説家だった。ところが、芥川賞を受賞したことがきっかけで、突然〈成功者〉となる。テレビ出演のオファーが殺到し、さばききれなくなるほどのスケジュールが入ると、自らギャラ交渉をするようになる。新幹線移動はグリーン車が当たり前。低層マンションの最上階角部屋の5LDKに引っ越し、メルセデス・マイバッハS600を乗り回す。交際相手がいるにもかかわらず、サイン会で美人のファンから連絡先を教えてもらうと、〈K〉自ら連絡をとり、ホテルで落ち合いセックスする。セックスの相手は美人ファンのみならず、大学時代の友人、タレントにまで手を広げ、ついには〈我がペニスを、もっと多くの人々に分け与えよ!〉という思いに至り、美人ファン限定の〈「全国セックスツアー」〉を計画し……て、おい、〈成功者K〉って“性交者K”ってことかよ!!

読者は〈K〉のモデルが羽田圭介だという先入観で読み進めるので、畳み掛ける“成功&性交”話のいったいどこまでが実話なのか、あれこれ想像しながら読むことになる。というか、サイン会に来たファンに手を出してるなんて想像したら、これからリアルに羽田さんのサイン会に行こうとしているファンがドキドキしちゃうじゃないですか。

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〈成功者K〉の“小物感たっぷりの成功者っぷり”もまた本作の面白いところ。凡人が思い及ばないようなやりたい放題の限りをつくすかと思えばそうでもなく、新幹線のグリーン車のレッグレストを使わないともったいないとか貧乏くさいことを考えたり、目覚ましのアラームは5個かけるとか、自分が出演した番組は恥ずかしいから観ないとか、ところどころで庶民的なというか、“小物感”を漂わせるのが笑える。〈成功者〉の現実なんて、案外こんなものかもしれない。

かつてインタビューで「なぜそこまでしてテレビに出続けるのか」と問われ、「本を売るためです」と答えた羽田。今回、自分がモデルだとはっきり分かるタイトルの新作を出し、話題を呼び、普段小説とは縁のない層への橋渡しとなったといえる。

しかし、本作のねらいはそれだけでは終わらない。物語の終盤、〈K〉は、自分の成功体験をモデルに小説を書くことになる。つまり現実と入れ子式構造になっているわけだが、果たして〈成功者K〉はどのような小説を書くのか。ここで、羽田が得意とする「一人称的三人称」の文体が活きてくる。そしてその終盤部分にこそ、単にメディアに露出してキャラクターで売るだけの作家じゃない、“芥川賞作家”としての静かなプライドが表れているのだ。

文=林亮子