代官山蔦屋書店・元祖カリスマ書店員が選ぶ、村上春樹翻訳本ベスト5

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/12

 2月24日、村上春樹氏による7年ぶりの長編小説『騎士団長殺し』(新潮社)が発売され、ファンは歓喜に沸いた。だがその7年の間、なにも村上氏は休息をとっていたわけではない。翻訳家としての活躍は続けており、この3月には36年間の実績をまとめた『村上春樹 翻訳(ほとんど)全仕事』(新潮社)も発売された。

そこで今回は、代官山 蔦屋書店でコンシェルジュを務める、元祖カリスマ書店員で書評家の間室道子さんに、今回は、翻訳家・村上春樹のおすすめ作品を5つ選んでもらった。

村上春樹さん翻訳 オススメタイトルベスト5

1.『ティファニーで朝食を』(トルーマン・カポーティ/新潮文庫)

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「純朴な青年が謎の美女に振り回される」は村上作品の永遠のテーマの一つだけど、本作は、翻訳ものは読まないという村上ファンにNYを東京に、ホリーを堀井に変えたりして、「これが村上春樹の最新作」と言ったら信じそうなくらい、村上さん好みの世界がおおらかに広がっている。歌うようにしゃべり、踊るように日々をわたっていく若い女性の軽やかさが、楽しげに訳されている。

2.『恋しくて TEN SELECTED LOVE STORIES』(村上春樹:編、訳/中公文庫)

 アンソロジストとしての村上さんが楽しめる短編集で、タイトルどおり恋心をテーマに編まれた1冊。彼が落選した一昨年、ノーベル文学賞を獲ったアリス・マンローが村上訳で読めるのも魅力的。自作の書き下ろしで、虫が突如人間になる話「ザムザの恋」がとてつもなく面白い。お話の後に村上さんによる「恋愛甘苦度表示」がついており“甘さ★3つ、苦さ★1つ”などの判定にもご注目。

3.『大聖堂』(レイモンド・カーヴァー/中央公論新社)

 村上さんは80年代、日本にカーヴァーを紹介したくて自ら雑誌に企画を持ち込んだそうだ。以来「カーヴァーと言えば村上訳」となり、短編集好きの日本人に(海外では短編集を「長編より一段落ちるもの」と見なすらしい)広く受け入れられた。本書は中でも人気の1冊で、人生の不確かさと人間の再生が力強く書かれた「ささやかだけど、役にたつこと」と表題作がオススメ。

4.『ジャズ・アネクドーツ』(ビル・クロウ/新潮文庫)

 アネクドーツとは逸話、エピソードの意味。楽屋で、移動の中で、ミュージシャンたちは何を話しているのか?村上さんは、けっこうゴジップ好きだと思うのだけど「汚れたパンツをクリーニング屋に出そうとしたら店から突き返された話」「自分のことをサンタクロースよりも多くのファンを持っていると豪語した男」など、嬉々として訳しているのがわかる有名ジャズマンたちの裏話。

5.『世界のすべての七月』(ティム・オブライエン/文春文庫)

 30年ぶりの同窓会に集った53歳の男女の群像劇。パーティの様子と過去のできごとが交互に描かれていく。誰が誰を好きだったか、誰が誰をいまだに憎んでいるか。再燃する恋心、小さな復讐、目の前にある互いのままならぬ人生……。「終わらない輝き」も村上作品のテーマの一つだと思うのだけど、あの日と現実の間で揺れる男女をていねいに訳していて、とても好感が持てる作品。

いかがだろうか。興味を示す作品はあっただろうか。
翻訳とは、ただ言葉を他言語に移し替えるだけの作業ではない。文章を咀嚼し、その背景を知り、行間を想像しながら、翻訳家の解釈で文章を織りなおしていく作業でもある。村上氏が翻訳する作品は、彼がどこかで共鳴したものであるはずだし、村上氏がゼロから生み出した文章でなくとも、訳した文章には必ず彼のエッセンスが溢れている。意図しようとしまいと、滲み出てしまうものなのだ。

次の小説が待ちきれない、という読者にはぜひ、この5作品を皮切りに翻訳作品にも触れてみてほしい。きっと新しい春樹ワールドが広がっているはずだ。

文=立花もも

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