450日かけて世界の見知らぬ「お宅の晩ごはん」を突撃! 「キッチハイク」した男の記録!
公開日:2017/5/13
若い世代は知らない方も多いだろうが、以前、「突撃!隣の晩ごはん」というTV番組の名物コーナーがあった。落語家のヨネスケさんが日本各地の一般家庭にいきなり押しかけて夕食の様子を撮らせてもらうという、強引な企画ながら人気のあった番組だ。アポなしだからこそ見えたリアルな日常や人の心理、ハプニングが魅力だったのではと推測されるが、なんと、この「突撃」を世界で実践した強者がいた。
『キッチハイク!突撃!世界の晩ごはん』(山本雅也/集英社)は、著者が2013~14年に450日をかけ、世界中の旅先で見知らぬお宅を訪ね、その人たちと食卓を囲んで同じご飯を食べるという「キッチンのヒッチハイク」=「キッチハイク」した交友録。道端で出会った人に声をかけるのはもちろん、SNSや友人を介したアプローチからはじまる、強い心臓と冒険心の持ち主でないと出来ないであろう旅である。著者の明るく裏表のない人柄が感じられる交流と心情が活き活きと表現され、一緒に旅をして食卓を囲んでいるような臨場感を味わえる内容になっている。
本書では国の数だけ食文化があることを改めて教えられる。例えば、タイで訪ねたホテル勤務の女性・ピッチの住む「腰が抜けるほど古めかしいヴィンテージマンション」の8階の部屋の台所はベランダにあった。バンコクではけっこう普通だという。そこで作られる定番料理はあの「トムヤンクン」。家庭料理になるそうだ。ご飯を炊き忘れた時は、マンション前の通りの屋台で青い大きなバケツで売られている炊いたご飯を買えばいい。これがタイのリアルな日常だ。
メキシコでは、著者が100点満点の男と評するアブラハムが作る見事なメキシコ料理について綴られている。バッタの漬け物がまぶされたアボカドのディップ、食用サボテンと揚げた豚皮の煮込みをトルティーヤで包んで食べるという家庭の味。え!? と思うが「うまい」らしい。一方で、この家には5つの巨大な錠がつけられた「まるで刑務所の独房」のような頑丈な鉄製の玄関扉がついているという。治安が悪いメキシコシティならではの光景。そういったそれぞれのお国事情も本書では紹介されている。
名前や料理にも馴染みのないブルネイ、中南米のグアテマラやボリビアなど、どこにあるか言えないような国のエピソードからも、食文化だけでなく、街の様子や国民性が伝わってきて、親近感が湧いてくる。何にも動じず誰にでもオープンに見える著者だが、迎え入れる住人のタトゥーにドキドキしたり、最初は先入観で人を判断しようとしたりと至って普通の感覚の持ち主。それゆえに、一緒にハラハラしたり、温かくなったり、共感できる部分が多い。
著者は現在、ご飯を一緒に食べて絆を深める「キッチハイク」が誰でも体験できる社会にしたいと“食”で人をつなぐWebサービス「KitchHike」を東京で運営している。いきなり海外の見知らぬお宅へ「突撃」はさすがにハードルが高い。まずは近場で、著者の勧める“おいしい未来”を経験してみては?
文=三井結木