いったいなぜ? 増える中高年男性のひきこもり
公開日:2017/6/21
「実家で40代の弟がひきこもっている」
「50代の兄が離婚して実家に戻り、そのまま職も失って親の年金を食いつぶしている」
そんな話をよく耳にする。中には女性もいるが、その多くが男性だ。なぜ働かないのかと責めるのは簡単だが、そこにはいろいろな事情があるようだ。
内閣府は2010年に、「ひきこもり70万人、潜在群155万人」という調査結果を出しているが、これは39歳までの調査。40代以上のひきこもりがいるという想定さえしていなかったのかもしれない。2013年に山形県が公表した調査結果では、ひきこもりに該当する人のうち40代~60代が約45パーセントを占めている。14年に島根県が公表した調査でも、40代以上が53パーセントと半数を超えた。そういった自治体の調査を当てはめていくと、現実には、「40代以上の大人のひきこもり」は100万人を超えているのではないかと言われている。なぜ中高年のひきこもりがこれほど増えてしまったのだろうか。
■一度レールをはずれると戻れない現実
「ひきこもり」と一口に言っても、そうなった状況はさまざまだ。大学を卒業して入った会社で人間関係がうまくいかず、鬱病となって実家へ戻った兄がそのまま20年間ひきこもっていることについて、妹のカナコさん(39歳)は、こう話す。
「最初は親も、またいつか働き出すだろうと思っていたみたいです。でもいっこうに働かない。そのうち、親が小言を言うと怒鳴り散らすようになった。老いた両親は半分、怯えて暮らしています。私から見ると、兄は世間に負け、自分に負け、そんな自分を甘やかしている。私が意見したこともありますが、そうするとその後、親への暴言がひどくなる。地元の警察にも相談していますが、親に直接的な暴力をふるっているわけではないのでどうにもなりません」
その他にも、父親の介護をするために会社を辞めたものの、父親を見送ったあとも仕事に就くことができず、母親の年金でふたり暮らしをしている例もある。アキコさん(45歳)は、弟の状態を次のように話す。
「うちの弟は、倒れた父の介護をするために30歳のときに会社を辞めました。ただ、父が亡くなってからも働こうとはしなかった。もう意欲がなくなっていたんでしょう。父が亡くなって20年経ちますが、ずっと母の年金をあてにしているだけ。自分から動こうとはしません。母に弟を追い出せと言っていますが、何を言っても聞かないし、そもそもコミュニケーションをとろうとしない。『オレは病気なんだ』の一点張り。もうじき母を我が家にひきとって一緒に暮らそうと思っています。母の精神状態のほうが心配になってきましたから」
もちろん、本人にも後ろめたさはあるのだろう。だから「働け」と指摘されると激昂する。それがもとで家族内殺人事件なども起こっているのが現状だ。
女性がひきこもった場合は、家庭内でもそれほど「働け」ときつくは言われない。周囲の目が、男性が当事者である場合に比べて優しいし、家にいてもそれほど「あのうちの子、ひきこもっているのよ」という噂にはならない。そうしているうちに、自ら外へ出ようという気力がわいてくるのかもしれない。「男はしっかり働くべき」という固定観念が、男性をますます追い込んでいくのかもしれない。ただ、現実的に実家にひきこもって年金をあてにされたのでは、親もたまらない。
「怖くて外に出られなくなるんです」
自身も10年近くひきこもっていた経験のあるエイジさん(52歳)はそう言う。33歳のとき会社が倒産、同時に婚約していた彼女に婚約を解消された。そのまま精神的なバランスを崩し、ひとりでアパートにひきこもるようになった。失業保険から生活保護へ。
「仕事を探しに行く気にもなれなかった。田舎の親とも連絡を絶った。外に出るのが怖くて死にたくてたまらないまま10年近い日々が流れました」
出かけるのは深夜のコンビニだけ。だが40歳を越えたとき、ふと、このままでいいのかという気になり、近所の図書館へ行ってみた。
「本を読んでいるうちに、図書館の司書の方と少しずつ言葉を交わすようになり、現状を話したら役所に相談に行けばいいのにと言われて……。生活保護の担当者と会って、初めて自分の気持ちをちゃんと打ち明けて。そこからいろいろなことが変わっていったような気がします」
今は食品メーカーの工場で、毎日まじめに働いている。職場の人と飲みに行くこともあるそうだ。
「今も人と話すのは得意じゃない。だけど、過去を悔やんでもしかたがないんですよね。それがわかるまで時間がかかりました」
誰もかれもが、彼のようにうまく社会復帰できるわけではないだろう。だが、「生きている限りは、何かしないといけないような気がしている」というエイジさんは、10年もひきこもっていたようには見えないほど、明るい表情になっている。
人間は希望がなければ生きていけない。そして、その希望を見いだすのは自分自身だ。中高年のひきこもりについては、非常に根深い問題が多々あるので簡単に「こうすればいい」とは言えないのだが、自分の足で一歩踏み出している人がいることも事実である。
文=citrus フリーランスライター 亀山早苗