宮部みゆき、辻村深月…超人気作家5名が2年の歳月をかけて“つないだ”ミステリーアンソロジー『宮辻薬東宮』

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/12

『宮辻薬東宮』(講談社)

人気作家たちが約2年の歳月をかけて完成させた全編書き下ろしの“リレーミステリーアンソロジー”『宮辻薬東宮』(講談社)が6月20日、発売された。

「みやつじやくとうぐう」と読むこの変わったタイトルは、参加作家5名の頭文字を並べたもの。宮部みゆきを筆頭に、辻村深月、薬丸岳、東山彰良、宮内悠介とエンタメ小説の第一線で活躍するメンバーが顔をそろえる。

“リレーミステリーアンソロジー”とは聞きなれない言葉なので説明が必要だろう。通常、書き下ろしアンソロジーといえば複数作家に同時に依頼をかけ、上がってきた短編を並べてして刊行、という手順を踏む。しかし本書ではまず1人目が書いた作品を2人目が読み、そこから何らかのモチーフを引き継いだ作品を執筆。3人目はそれを読み、さらに別のモチーフを引き継いだ作品を書いて……というリレー形式で作られたアンソロジーなのだ(当然、通常の書き下ろしアンソロジーよりも完成に時間がかかる)。

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冒頭に置かれた宮部みゆきの「人・で・なし」は、都内に新築一戸建てを手に入れた一家が、奇妙な出来事に巻き込まれていくという物語。引っ越し当日、マイホームの前で記念撮影をした一家は、プリントした写真に家だけが写っていないことに気づく。屋内でも家具の一部が消えたり、見慣れないものが写りこんだりと、なぜか奇妙な写真が撮れてしまう。そんな事件をきっかけに、平凡だが幸せだった一家の生活はじわじわと壊れていく。都会の居酒屋で飲んでいた主人公がふと、少年時代に味わった恐怖を語りはじめるという導入からしてぞくぞくさせられる本作。ショッキングな幕切れも見事に決まったホラーの逸品である。

そのバトンを受け継ぎ、2作目を執筆したのは辻村深月。「ママ・はは」では小学校教師をしている友人・スミちゃんが体験した不気味なエピソードが描かれる。スミちゃんは幼い頃から、娘を自分のルールに従わせようとする母親の言動に悩まされてきた。大学に進み、実家を離れても、支配的な母親への不信感は強くなるばかり。そんななか成人式に撮った一枚の写真に変化が現れる……。母と娘の歪んだ関係にゾッとさせられる「ママ・はは」が「人・で・なし」から引き継いだのは、おそらく“奇妙な写真”というモチーフだ。それぞれ独立しているように見える5編の収録作だが、じっと目を凝らせば前作から受け継いだ“バトン”が見えてくる。それを探り出すのも本書の大きな楽しみだろう。

3作目の薬丸岳「わたし・わたし」は、トリッキーな語り口の油断ならない作品。恋人が振り込め詐欺のグループに関与していると知った少女は、警察署でさらに意外な真実を告げられる。江戸川乱歩賞受賞のデビュー作『天使のナイフ』以来、これまでミステリー専門で活躍してきた著者が、先行する2作に引っ張られるように、初めてホラーに挑んでいる。こうした化学変化が生まれるのも、リレーアンソロジーという形式ならではだ。

4作目の「スマホが・ほ・し・い」で東山彰良が描いたのは、スマホなしでは仲間に入れない現代社会の子ども事情。スマホが欲しくてたまらない台湾の中学生・春陽(チェンヤン)は、ほんの出来心から他人のスマホを盗んでしまう。それをきっかけに恐ろしい事件に巻き込まれて……。サスペンスフルな展開のなか、台湾人の怪談観もうかがえる興味深い一作だ。

5作目の宮内悠介「夢・を・殺す」の舞台になるのは、パチンコ台の開発を請け負っている零細ソフトメーカー。納期に追われるスタッフは原因不明の“幽霊バグ”に悩まされる。東山作品からあるモチーフを受け継ぎ、さらに1作目の宮部作品にもアクロバティックに繋げてみせた本作をもって、前代未聞のリレーアンソロジーはめでたくゴールイン。

本アンソロジーは喩えるならコース料理のようなものだ。テーブルに出される5皿の料理はいずれも絶品。コースとして順番に食べると美味しさがさらに増す。短編ミステリーファン、とりわけちょっと不思議な話が好きな人には断然おすすめしたい新刊だ。

文=朝宮運河